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教師――一般に聖職と勘違いされがちな職業につく者として適切な対応なのか。私は戸惑い、藤棚の方と初老教師を交互に見やる。
生徒らの顔は、垂れ下がった花房の波間に?まれて見えない。でも、必要以上に近付いているようには見えはしまいか。
昼日中、陽光したたる、健全たる公園、授業のさなか。不似合いにも。
けれど、私の迷いを断ち切るように、どうせ言ったところで、と彼は苦笑をふくませた。
「今、彼らに聞こえているのは、藤の雨音だけですよ」
・・・・・・聞こえますか、雨音。
ざぁっと。初老教師の声に折り重なるように、記憶が降った。風に揺れた藤波と黒髪、たおやかな声。
私は息を?んだ。
彼女が嘘を吐いていたわけではないと十年越しに知る。
あの時確かに薄紫色の雨音を聞いていた。そして携帯電話の先の誰かとそのありえないはずの音を共有していたのだ。
きっと多分、かつて共に、藤を眺めた、心を分かち合う相手と。
藤の花言葉が脳裏をかすめる――『恋に酔う』。
……いろいろよ。彼女の微笑みは思い返すほどに、寂しげであり、幸福げであり、面白がるようでもあり。今、どの表情も薄紫のヴェールが掛けられて意味深に甦る。
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