昼日中、藤の雨

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 初老教師は青春只中の若いカップルをそっとしておきましょうと言っているに過ぎない。安易な結びつけはあやうい。仮にそうだとしても十年前の話なのだ。でも・・・・・・ 「藤の名前の由来、ご存じですか?」  気付けば、私は元担任の背を追うようにして投げかけていた。  眼鏡のフレームに陽光が反射して、表情は読めない。彼は少し考えるふうに間を置き、口を開く。 「花房が風に()かれて()る。縮まって〝フヂ〟の仮名遣いが変わり〝フジ〟だと」  ……そう、聞きました。数学を担当教科としている彼は小さな囁きを落として集合場所である広場へと向かう。藤波に隠れた若い二人を置き捨てて。  私も藤棚へ一瞥を送ってから、初老教師の後を追った。  疑問は尽きない。  恋があったのかなかったのか、あったとしても吹き散ってしまったのか、たんなる季節の移ろいか。……それこそ、〝いろいろ〟あったのか。  ふいに足を止め、地面に落ちていた藤の花を拾う。  マメ科の花に見られる、五枚の花弁からなる左右相称の蝶形花。なるほど横から見れば蝶の形をしている。藤は古から人々に愛でられ、美、高貴、優雅の象徴とされるが、房から落ちた花の一つ一つは、存外、肉感的で艶かしく、グロテスクでもある。  雨はいつ止んだのか、あるいは、いまだ降り続いているのか。       
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