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昼日中、藤の雨
・・・・・・こちらは、雨が降っています。
見上げれば、青空を透かして真昼の光が燦々と降り注いでいる。
聞き覚えのある声がしれと嘘をついたのを耳に留め、私はつい自転車を押す足を止めた。
通っている県立T高校近くの新緑生い茂る市立公園の一画。今が盛りの藤棚の下、設えられたベンチに見知った背中がある。
真っ直ぐな後ろ背に、真っ直ぐな黒髪が流れている。座っているのは彼女一人で、どうやら携帯電話で話しているようだった。
どう見ても雲一つ無く、見本にしたいぐらいの五月晴れだ。どうしてそんな益体もない嘘を吐くのか、訝しんだその時。
五限目開始を知らせるチャイムが遙か遠くに鳴り響いた。
残響が消えると共に、世界から音が拭われる。
そんな錯覚に陥るほど、昼食時を過ぎた平日の昼は恐ろしく静かで明るく平坦だった。毎日通る近道だというのにまるきり別世界だ。そして、本来ありえない場所でありえない嘘を吐いた彼女。
あまりの非現実感に〝白昼夢〟という言葉が浮かんだ。
結局のところ、そんなふうに感じたのは、私自身が三十八度を超える熱を出していたせいだろう。
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