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れるなよ。栄養士のお姉ちゃんと上手くやれるタマかよ、アンタが。毒ばっかり吐きやがって。初対面の僕を、三十年前、コケにしやがったじゃないか。僕以外の客が、その朗らかな顔とは裏腹の、どキツイ毒舌にやられてきたのも知ってるぞ。肉汁はどうする。あのスパゲティは、ポタージュスープは、ホットンは、一体どこで食えるか知っているか。ここのフライパンとクソオヤジの腕ででしか味わえない宝なんだ。
──僕は、いつものように、すみませんとマスターを呼んで、会計を済ませた。今日は、そそくさと出て来てしまった。
マスターはまた、奥様がたとの談笑に戻ったようだった。この先の話をして、笑っているようだった。
それからは、リボンへなるべく通うようにした。
家族もつれて行ったし、友人もつれて行ったが、何故か周りの評価は半端だ。みんな、アホなんじゃないかと思う。僕はここの食事で、この腹になったのだ。
閉店まで一ヶ月しか猶予がなかったから、本当に足繁く通っていた。しかも、行く度マスターと奥様方の談笑を探っていると、材料を半端に余らせたくないので、閉店を早めるとの情報まで得られた。
何とも憎たらしい理由で、僕とマスターとの戦いが終わろうとしていることが、本当に心から何も信じられなかったし、それをあざ笑うかのように、マスター本人は奥様方と、閉店後の暮らしについてを語らっていた。奥さんと旅行にでも行くらしい。それはいい。いいことなのだ。何より、マスターは笑顔で、それを話していた。
──そして、ついに。
ついに僕は、最後の生姜焼きを食べている。にくにくしくて、とても美味い。
備えつけのクソしょっぱいポテトとも、今日で永久にお別れだ。何だかこみ上げるものがある。
だが、僕は泣かない。なぜなら、勝負に来ているから。まだ僕は、負けていないし、マスターも勝っていない。鼻をすするが、これは泣いてなどいない。流石に、流石に惜しんでいるだけだ。
いつもより、時間をかけて食う。タレが染みた千切りキャベツは、いつもより濃い味な気がした。飯が進む。皿にこびりついて、フォークだとうまく剥がせない。ちまちま時間をかけて、一粒一粒、丁寧に食う。スパゲティは、やはりここが一番美味いと思う。時折目に入る小さな黒いのは、フライパンにこびり付いた焦げカスだ。だが、
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