招かれざる客

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 そんな、『海猫亭』ではお馴染みの風景を(さかな)に、ある者は酒を楽しみ、またある者は談笑に花を咲かせる。普段は気性が荒く、血の気の多い船乗り達も、思わず屈託の無い笑みを滲ませ、心から羽を伸ばせる……そんな憩いのひとときがここにはあった。  「ありがとうございました! またお越しくださいね」  笑顔と共に、店を後にする客達へとお辞儀をするクララ。太陽のような笑顔を向けられた水夫達は、皆一様にはにかんだような笑みを滲ませ、肩越しに手を振ったり、あるいはキザに水兵帽をくるくると振りながら、再び自分達の仕事場へと戻って行った。  やがて、きいきいと年季の入ったスイングドアが揺れて、完全に今の客の姿が見えなくなった時……。  不意に、ホールの奥からクララに声が掛けられた。  「お疲れ様、クララちゃん」  落ち着いた低い声音と共に現れたのは、口元にたっぷりと髭を蓄えた初老の男……『海猫亭』の店長であった。  「お疲れ様です!」  笑顔で挨拶をするクララに、彼女と同様に船乗りがモチーフの制服に身を包んだ店長は、恰幅(かっぷく)のいい体を揺らして自慢の看板娘の前まで歩み寄ると、朝早くから働き続けている彼女に休憩を取るよう促したのだった。
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