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番外編②共に歩むための第一歩※未来の話
契約社員から正社員となって数年が過ぎた。契約社員でやっていた業務にプラスされた業務もあるが、今までとそんな変わりない。
好きなBLに囲まれながら仕事に励む高槻は、天職すぎる仕事に幸せを噛みしめていた。
「……どうしようかな」
しかし、高槻は最近ある問題に頭を悩ませていた。
ガコン、ガコンと新刊を機械に入れてシュリンクさせながら、帯にある単語を見つめる。
(僕もいい大人なんだし、梶浦さんだって……)
お互い三十代に突入した大人だ。
梶浦とは、コミックスフロアにあるBLコーナーを一緒に担当している。
そして、高槻の恋人である。恋人になるまで色々とひと悶着はあったものの、二人の関係は仕事も含め順風満帆だ。
そんな梶浦も、アルバイトから契約社員へと雇用契約が変わった。書店の居心地のよさ、仕事のやりがい、なによりも高槻と一緒に仕事をすることで勉強になると言っていたことを店長から聞いたのは約半年前だ。あとから、少女漫画を担当している桜田から聞いた話だと、高槻の傍にいられると惚気られた、と言っていたので流石にそれは謝っておいた。
もちろん、梶浦には怒った。
梶浦の言い訳として、店長に言ったことも桜田に言ったことも本心だと言うので、嬉しいのと公私混同の申し訳なさで心中複雑な気持ちだ。
「あ、ちょ、ちょ……!」
シュリンクされた本がカゴの中で山積みにされている。
考え事をしながら仕事をするのはよくない。
はぁ、と小さくため息をつきながら本をカートに乗せると、高槻はカートを押してバックヤードからフロアへと出ていった。
◆
何度かそういう話になったことはあった。
だが、そのことに対して曖昧な返事ばかりしてきた。
「今更言い出せない?」
仕事が休みの日、高槻は外で田中とカフェで会っていた。
事前に高槻が休みだということを把握していた梶浦は寂しがっていたが、週末に泊まる約束をしたので元気に出勤しているはずだ。
目の前にいる田中とは、高槻が契約社員で入社したさいの先輩かつ教育係で、BLコーナーの元相棒。妊娠を機に退職して、今は立派な一児の母親になっている。
「でも、悩むくらいしたいって思えるのいいわね。推せる」
「田中さん……」
「ごめん、ごめん。そんな明らかに困った顔しないでよ」
くすくす笑いながら、田中は「そうねぇ」と言って考えはじめた。なんだかんだ冗談を言いながらも、こうやって一緒に考えてくれる。
恋愛のことで人に頼るときが来るなんて、高槻自身上京してから考えたこともなかった。
梶浦と出会い、梶浦と恋人になり、今でもその関係はずっと続いている。小さな喧嘩から、大きな喧嘩もしてきた。甘えること、甘えられること――性格上できなかった部分も梶浦が教えてくれたし、支えてくれた。
梶浦が歳上なので、その分の人生を学んでいるからこその教え。
「なんならプロポーズしちゃえばいいじゃないの」
「なんでそこでそうなります!?」
「あははっ」
「笑いごとじゃないですよ」
もう、と微笑む。
突飛すぎる彼女の言動は今にはじまったわけではないが、昔も今も変わらないでいるところが彼女らしい。
冷めてしまったブレンドを飲みながら、なにかいい案はないだろうかと考える。
「真面目に考えるのもいいけどさ、今までの二人からしてきちんとするよりはもうシンプルでいいんじゃない?」
「シンプル、ですか?」
「そう、シンプルに。もっと言えば、ストレートに『同棲しませんか?』って」
変にかっこつけるわけではなく、素直に伝えたほうが心に響きやすいのではないかと言う田中。
「なんなら、そのときにパカッって指輪出す?」
「だから、どうしてプロポーズに結び付けようとするんですか」
その手には乗りませんよ、と苦笑して、高槻は「自分なりに頑張ります」と伝えた。
◆
言うなら早いほうがいいと思い、高槻は約束していた週末のお泊りで伝えることにした。
仕事が終わり、お泊り用の荷物を持って書店を出た。
――仕事終わりました。今から行きますね。
梶浦にメッセージを送り、なにか手土産を買っていこうと、高槻のお気に入りであるコーヒーショップで手頃な焼き菓子とドリップコーヒーバッグを購入した。なんだか焼き菓子だけでは申し訳ないと思い、ドリップは高槻の家のストック用だ。
泊まりの楽しみと例の緊張で、高槻は心臓をドキドキさせながら梶浦の家に向かった。
梶浦の家に行けば、ご飯が準備されていた。
「今日はガパオにしたんですよ」
「ガパオ!」
外で食べることもあったが、特に梶浦の家に来るようになってからは手料理を振舞ってくれることが多くなった。簡単なものから、少し凝ったものまで――BLでいうところの『ハイスペック攻め様』なのではないだろうか。
料理以外でも優しくて、なんでもできて、頼りになる優良物件。
また、少女漫画メインを趣味に、BLも嗜む。
「先に食べてから、お風呂にしましょうか」
「はい。せっかく梶浦さんが作ってくれたんです。先に食べたいです。あ、それと、これ買ってきたのでお風呂からあがってゆっくりしているときに食べましょう」
焼き菓子が入っている紙袋を梶浦に渡した。
買ってきた焼き菓子はフィナンシェ。バターとアーモンドの香ばしい匂いで、コーヒーや紅茶によく合う。
「おいしそう~! ありがとうございます、高槻さん」
「こちらこそ。いつもおいしい手料理ありがとうございます」
「へへ。BLでいうハイスペックになれてます?」
「じゅ、十分すぎます」
まさか、高槻が考えていたことを梶浦も思っていたことに驚いた。
本当に十分すぎるほど素敵な恋人です、と心の中で呟く。
「やった! あ、お帰りなさいのちゅーしてないです」
「っ……やらないとダメですか?」
「もちろん!」
言うなり、梶浦は高槻を抱きしめ「今日もお疲れさまでした」と言って触れるだけのくちづけを交わした。
食事もお風呂も済ませ、二人でテレビを見ながらのんびり過ごしていた。テレビでは、実写化されたBLドラマが流れている。書籍やドラマCDにとどまらず、今やアニメ化だの劇場版だのドラマとBLも色んな展開を広げている。
実写化となると、いくらBLでも視聴するのは躊躇うが結局は見てしまう。
そして、気づけば嵌ったりする。
しかも、今回のドラマ内容が高槻もどうしようかと思い悩んでいる同棲のことだ。ドラマのほうでは、同棲するしないで喧嘩しているシーン。
(……タイミング悪すぎるよ)
よりによって、今日の放送分がこれとは神様は意地悪だ。
「同棲って、お互いのことを知るための空間でもあり、二人の幸せな空間ですよね」
「え?」
「まぁ、その分、つらくなったり、喧嘩することもあったり、幸せじゃないときもあるわけで。そういうのがあるからこそ、二人とも成長できるんじゃないかなって、俺思うんです」
同棲するしないで喧嘩するのもアリですよ、と画面をジッと見ながら言う梶浦。「あ、おいしい」とフィナンシェを食べる梶浦の横顔は綺麗だ。
それよりも、梶浦が同棲のことについて意見を述べるとは思いもしなかったが、この流れからして言えるのではないだろうか。
(というか、今じゃないとダメな気がする)
せっかく梶浦が同棲のことについて話をしているのだ。
言うなら今だ。
「あ、あのっ、梶浦さん」
「ん?」
「僕も、同棲するなら梶浦さんの言ったことそうだなあって思います」
「ですよね」
シンプルに、シンプルに。
緊張でドキドキする胸の高鳴りと共に、紡いでいく言葉。
「それで、すべてが順調にいくわけではないですが、……僕と、その、僕と一緒にBLに囲まれてください!」
シンプルってなんだろう。
結局、遠回しな言い方になってしまったなと後悔する。
心音が最高潮で、今にも心臓が爆発する寸前だ。
「……それは、同棲したい、ということですよね?」
「あ、はい。今までもそういう話をしてきましたけど、曖昧にしてしまってごめんなさい」
「いえ、それは高槻さんの気持ちもありますし……でも、嬉しいなぁ。ねぇ、高槻さん。俺と同棲したいって本当?」
「ほ、本当です!」
嬉しそうに微笑む梶浦。
「俺も高槻さんと同棲したいです。高槻さん、俺と同棲するなら少女漫画にも囲まれてくださいね」
「あ、そうですね」
ふふ、と笑みが零れる。
やっと高槻さんと同棲できる、と横からギュッと抱きしめられ、頭にキスの雨を降らせてくる。そんな梶浦の行動にくすぐったさを感じ、腕の中で微笑みながら小さくもがく。
「嬉しい、嬉しい。高槻さんと同じ部屋にいられるんですよ。毎日がBLですよ」
「すでにBLです!」
第三者からすれば、なんの茶番だと言われそうだ。
でも、そんな茶番をするほど、お互いに浮かれている。
「少しずつ、一緒に決めていきましょうね」
「はい」
「それと、いい加減お互いのことを名前で呼びたいです!」
「……!」
ひとつの問題が解決したところで、次の新たな問題が出てきてしまった。名前で呼ぶのはいいが、仕事の関係でお互い『さん』付けが癖になってしまっている。
それに、敬語も。
(この件に関しては、また考えよう)
今は、やっとのことで同棲できる事実に嬉しさを噛みしめたい。
その日の夜、二人は抱き合って寝たのであった。
おわり
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