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マジカヨ。
なぜか片言の発音で、真南渚は、その四文字ばかり頭の中で反芻している。
マジカヨマジカヨマジカヨマジカヨカヨヨ。
……混乱してきた。
夜勤明けで疲れきった所を、母親の美恵子にほとんど無理やりホテルのラウンジに連れてこられた。
一体なんだと思ったらまさかのお見合いで、しかも相手はスーツのよく似合う、涼やかな目をした男だった。はっきりいって超がつくほどのイケメンだった。
断っておくが渚は男だ。
ノーマルだ。
男と付き合ったこともないし、好きになったことはない。
それなのに美恵子は、ふたりを見比べて『お似合いねー!』と、テンション高く連呼している。
てか、なにこれ。
モニタリング?????
どっかでカメラまわってる?
「ちょっとなにやってるのよ、渚。ごめんなさいねぇ。この子ったら昔から落ち着きがなくってねぇーおほほほほほー」
植木鉢にカメラが無いかと探ろうとしたのを、美恵子にネクタイを引かれ、止められた。
「あ。いえ。とても元気で、可愛らしい方だと思います。さすが美恵子さんの息子さんですね。美恵子さんに似て、美形ですね」
相手の男から、するっと飛び出した言葉に渚は目を見はった。
もともと目が丸いから、もっと丸くなる。
お月様みたいだ。とはよく言われる。
「あっらー! んもう! 司くんったらぁっ! 相変わらず口がうまいわねェー! アタシがもうあと10年若ければねぇ。ほほほほ」
いや、10年前でもあんたじゃムリだろ。
冷静な渚のツッコミも無視して、美恵子はやけに楽しそうに笑っていたが、やがて、普段はしていない腕時計をわざとらしくチラッと見た。
ほんとにおおげさに、チラッと。
「あらあらあら、もうこんな時間? ごめんなさいねぇ。私、今からちょっと用事があって行かなくちゃいけなくて。……じゃあ、あとはお若い二人でご自由に、うふふ」
「いや、うふふじゃねーだろ。待てよ。母さん!」
「じゃあ渚、あんたは司くんをもてなすのよ! 頑張ってね! じゃあ司くん。また明日、会社でねぇー!」
「おい! こら待てよ、母さ……美恵子!!」
フロアに響くような声で怒鳴っても、母親の足は止まらない。
とてとてたったと走り去ってしまった。
普段、掃除の仕事をしている母親の、ピンクのワンピース姿なんて久しぶりに見た。
強制的に二人きりになって、目の前の男を上目遣いでチラッと見る。
響谷司。
確かそんな名前だったと思う。
自動車部品メーカー工場勤務の自分と違い、国内でも名の知れた一流企業に勤める男は、渚と目が合うと、少しだけ表情をゆるめた。
なぜかその顔に、渚もビクッとしてしまった。
男同士のお見合いなんて、冗談ではないと思っているのに、席を立つことができなくなる。
「とりあえず、何か食べようか」
慣れた手つきでメニューを広げる司を、渚は、探るように見上げる。
「ねぇ、アンタ、随分落ち着いてるけどさ、嫌じゃないの?」
「え?」
「男同士でお見合いって。アンタ、男が好きなの?」
すると、司は思案するように指を唇にあてた。
「さぁ。どうだろうな……」
「は?」
「まだわからない。それがわかるのは、これからかな」
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