129人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
それから何日か過ぎたあと、仕事帰りの夕方に、駅前で待ち合わせをして映画に行った。
それだけで別れても良かったのに、どちらからともなくカフェに入ることにした。
ちょうどテラス席が空いてたから、二人で向かい合わせに座る。
注文には、司が率先して行ってくれた。何だか女扱いされているような気もするが、すっかり好意に甘えてしまっている。
図々しいところがあるのは百も承知だ。
「一応、砂糖とミルクももらってきたよ」
「あ、さんきゅーな!」
なんて気がきくやつだ。ミルクも砂糖も入れたかったけど、ぐっとこらえて、ブラックコーヒーを飲むことにした。
司も淡々とブラックを飲んでいる。
こっちは当然、か。
甘党には見えないし。
しかしそれにしても、だ。
苦い気持ちで、苦いコーヒーを口にする。
渚は、軽くため息をついた。
「……ごめん、なんか思ったほどじゃなかったな」
そう。映画は最悪だった。
前作が良すぎたので、今回も!と倍プッシュしてしまっただけに、司には申し訳ないことをしてしまった。
「いやそんな。俺も見たいって、言ったわけだし。真南のせいじゃないよ」
いつのまにか、司の口調がくだけている。
それを少し嬉しく思う自分もいた。
微笑みながら、渚は言った。
「だけど、ひどかったよな」
「うん。ひどすぎた。前作のメインキャラがあっさり死ぬなんて、おかしくない?」
「そう! そこだよ!」
思わず机を叩いて同意した。
期待はずれの映画の後だから盛り上がらないかと思ったが、無駄な時間と金を費やしたのを埋め合わせるように、ゲラゲラ笑いあった。
そして当然のように、次の約束もしてしまった。
司が何をどう考えているのかはわからない。
仮にも見合いとして出会ってしまった以上、会い続けるのは良くないということもわかっている。
それでも、会うのをやめようとは思わなかった。
ふと美恵子が言っていたことを思い出す。
あのビルで、掃除の人にまで礼を言ってくれるのは司だけだった、と。
司は明らかに他の社員とは違っていた。それ故に、同僚から疎まれていた、とも。
だからたまに美恵子たちの控え室に呼んでやると、喜んでついてきたらしい。
そして美恵子たちのどうでもいい話に耳を傾け、楽しそうに笑っていたというのだ。
『そーゆー人だから、あんたにあわせようと思ったんだよ。悪いやつをひきあわせるわけないだろう?』
いやそれでも。
お見合いというのはナシだろう。
心底、そう思っているのに、次の約束をしている自分は、自分たちは一体なんなんだ。
「.....何やってるんだか、俺は」
街灯の光を睨みながらポツンと呟いた。
答える声はない。
代わりに羽虫が光に焼かれる音だけが、いやに耳に残った。
最初のコメントを投稿しよう!