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「また、そんなところで写真撮ってるの」
今年は立春を迎えても肌寒い。春だというのに雪が降って、桜の花びらと新雪が混じる風花の春となった。
そんな風景が美しくて、いつもより早く彼女――、ハルの元に来てしまった俺も、珍しいことをしてると思うんだけど。
ハルは覗いていたカメラレンズから顔を離し、振り返った。
「アメくん」
鈴が転がるような小さく可愛い声で、ハルは俺の名を呼んだ。名、というかあだ名なんだけど、ハルは俺を見るといつもそう呼ぶ。そろそろ本名を忘れているんじゃないかと思えてくる。
「とってもキレイで珍しい風景だと思ったから、つい撮っちゃったの」
ハルは丘の向こうに広がる町の風景を撮っていたらしい。桜と雪が交じった肌寒い町は、まだ眠りについている。もうすぐ朝が来て、雪だけを溶かすんだろう。
「町の景色も綺麗だけどさ、自分の頭の上も見上げたら?ここが一番キレイじゃん」
俺はハルの傍まで歩みより、上を見上げた。
すっぽりと傘を差したような大きな桜の木が桃色の花と雪を被っている。季節の象徴と呼ぶに相応しい年老いた大樹だった。
「いいの、街もキレイだから」
ハルはもう一度カメラを向けて、街の景色を撮った。太陽が沈む方角をわざわざ向いているのはどうしてなんだろう。
「雪を残していった冬に未練でもあるの?」
「・・・・・・どういうこと?」
「だって、嬉しそうに雪を被ってるし」
そう言って俺は、ハルの頭の雪を払ってやった。黒く柔らかな髪が少し濡れて、そこに花びらが付いた。
「・・・・・・未練は、あるよ。だって好きだもん」
俺は、ハルの髪についた花びらまではとってやれなくなった。
頬を赤めたハルの横顔を見つけたからだ。
「好きだけど、春と冬が一緒にいられるのはちょっとの間だけなの。”私たち”はそう決まっているの。だから、・・・・・・今年くらいは、ちょっとずるをしちゃった、んだけど」
「ああ?もしかして冬と長く一緒にいたくて、早く来たのか!」
ハルはマフラーに鼻先を埋めてさらに赤くなった。
「そりゃぁ駄目だろ、人間の世界にもサイクルってもんがあるのにさ、お前ら”季節”が好き勝手に動いちゃぁ・・・・・・」
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