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プロローグ
ムシというものは、過去も、現在も、未来も、全ての世界とそれを紐解くための知恵をその身に宿している──。
それがH博士の私説であり、モットーであった。
彼はそれを証明すべく、老骨に鞭打ち世界中を飛び回っている。
「助手くん、この船は少し揺れすぎやしないかね」
「博士、船が揺れるのは仕方のないことです。波があるんですから」
経費をケチらずいい船に乗れば揺れももう少しマシになるだろうに、という言葉を飲み込んで、助手は鞄の書類を纏める。
「それに何と速度の遅いことか。のんびりしている間に未知の昆虫が絶滅したらどうしてくれる」
「博士、ですから飛行機にしようとあれほど……」
「馬鹿もん!空中は羽のあるムシのためのものだ!ヒトが空を飛ぶなどおこがましい」
口角泡を飛ばしながら、博士は助手に詰め寄る。
「ちょ、博士、汚いですって」
助手は胸ポケットから上等なハンカチーフを出して顔を拭う。「怖いだけのクセに」と愚痴も忘れずに。
「何か言ったかね?」
「いやいやそんな。──ん?」
「こら、誤魔化すな」
「いや、博士、何か聞こえません?なんかこう──うわっ!」
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