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第3章 彼でない彼
目の前の写真を見て、ため息をついた。
アキトと撮った唯一のツーショット。アキトは俺に顔を背けて、ツーショットなんて嫌なのにと少し怒っている。
彼は写真が嫌いだった。俺と撮るのが嫌いなどけだと最初は思っていたが、そういうわけでもなく、単純に嫌いなだけらしい。
今の思い出は心に残るのになんで形にするんだ、心に残っているものが全てなんだ、といつも言っていた。いずれ忘れてしまうものは、結局価値がないのだと。
この一枚は、大きな賞を取ったときになんでも1つ願いを聞く、と言われたから無理やり頼み込んで撮ってもらった。
彼は今、ここにいるようでもういない。彼が記憶喪失だと言われた時、彼との恋愛はもうこれまでにしようと思った。
でも、一緒に住んでいたし、家族も失った彼を1人にしておくわけにはいかなかった。時折ただ呆然と、そこに行きたい、といったように空を見る目は、いつか空に飛び立ってしまいそうなほどに儚かった。
だから、恋人としてではなく、1番近くに、ルームメイトで友人としていようと決めた。呼び方もアキトではなくアキに変えた。
俺の知る彼ではなくなった彼を、それでも時折垣間見える同じ仕草に照らし合わせてドキッとしてしまう。
彼が好きだ。以前大好きだったがさつな笑い方も、写真は撮らない、だとかいう独特の価値観を貫き通す我の強さも、好きだった。
雪が降る夜外を見ていると、何故だかとても寂しくなる。なのについ見てしまう。そのことに共感してくれて、今は俺がいるから寂しくないと、ずっと手を繋いでいてくれた。
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