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青年はいたずらっぽく笑うと、さりげなく目元を隠そうとした湊の右手を優しくつかみ、ハンカチを取り出す。それをどうするのだろうと見ていると、ただ湊の目元にあて、優しく涙を拭ってくれた。
それより、と湊は彼の目をまじまじと見た。
「…どうして俺の名前を?」
知り合いにこのレベルの顔がいたら、まず忘れないだろう。さらに知り合いはさほど多くないから、ほんの少しでも関わりがあったら覚えているはずだった。となると彼との関わりがないのはほぼ断定することができた。
「やっぱり気づいてないんだ。俺、いつも終電で同じ車両に乗ってるのに。」
言われてもやはり、ぴんとこない。しかもそれだけで名前を知っているというのにも納得がいかない。
「何故名前を?」
「だってよく電車で書いてるじゃん。盗み見してすごく良くできてるなって思ったけど、新刊見たら全く同じ文章なんだもんな。」
…小説のことか。確かに電車で書いていた。しかし横からひとの携帯画面を覗き見した挙句内容までしっかり覚えてるとは、恐ろしいと思い、表情がひきつる。しかも全く違う環境でその文を見た際に同じだと断定できるほど。
「…悪趣味だな。」
「そうともいうね。
で、何で泣いてんの。」
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