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アイランドキッチンに立つ彼の姿はいつもよりさらに格好いい。手元を見て俯いていると、長い睫毛が影を落としている。思わず見惚れていると、彼がこちらまで歩いてきて、大きめのマグが差し出された。
「ほら、できたぞ。」
「ありがとう。」
一口含むとチョコレートの芳醇な香りと控えめな甘みが口いっぱいに広がる。朝の冷えた体にじんわりと温かさが染み渡り、寝起きのだるさを溶かしてくれた。
「今日明日、何か予定は?」
「なにも。」
「レポートの期限は?」
「特に迫ってない。」
「執筆中の小説の取材で行きたいところがあるから、一緒に行く。一泊分の泊まる用意をして来い。」
「へ?今なんて?」
今のは聞き違いだろうか。アキは自分の耳を疑い、そしてあまりの動揺に口に含んでいたホットチョコレートを吐き出しそうになった。なんとか口を抑えてとどめるが、盛大にむせてしまう。
朝起こされていきなり泊まりで旅行?まず、湊とはショッピングや外食、大学以外の外出さえしたことがない。旅行なんてなおさらだ。
もしかしたら勘違いかもしれないので一応もう一度聞き直してみる。
「今から用意して一泊二日の温泉旅行に行きます。」
余計な情報がつけ足されて返ってきたかと思ったら、そのまま湊は荷物を積みに車の方へと行ってしまった。
アキはやれやれと食事の残りを頬張ると、皿を洗って部屋の方へ行き、バッグに着替えを詰め始めた。
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