第6章 思い出旅行

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学校の行きと同じ静かな車内には、クラシックが流れている。自分の記憶の中で旅行は初めてだから、アキは勝手がわからずそわそわしていた。 しかも想いを寄せる湊との泊まりの温泉旅行。変な意味はないとわかっているのにいつもより心拍数が上がっているのが自分でもわかった。自制していないと変な方向に考えてしまいそうだ。 どう吐き出せばいいかわからない想いと、自分の心音が湊に聞こえてしまいそうな静寂を紛らわせるために、アキは横にいる湊に向けて口を開いた。 「どこ行くの?」 「磐梯熱海。」 運転中、ハンドルに手汗がつくのが嫌だからと湊は車内の温度をあまりあげない。故にその美しい形の唇からは淡く白い吐息が漏れていた。今の某脳だらけのアキには、それさえも刺激が強くて目をそらす。 窓の外には綺麗な雪景色が広がっている。 「…熱海?」 外の景色を見ながら、そう尋ねる。 「いや、磐梯熱海。」 湊は目線さえこちらに寄こさずまっすぐ前を見ながらそう答えた。 磐梯がつくと何かが変わるのだろうか。とはいえここから熱海は車で行くには遠すぎる。多分静岡ではないのだろう。 「どこ?」 「福島。」 「聞いたことない。湊は行ったことがあるの?」 「… …ああ…。」 湊の返答が遅れたのは、おそらくカーブが多いせいではない。先日の帰り道、アキのことをアキト、と呼んでいたことにも関係するのだろうか。 アキの本名は確かにアキトだが、湊にそう呼ばれたことは一度もなかった。触れてはいけないことのような気がして、アキは知らないふりをした。 ぴーっとETCの音がなる。高速に入ったようだ。いきなり加速していく感覚に、一瞬身体が浮いた心地がしてアキは小さくわっと声を上げた。 「シートベルトちゃんとしとけよ。あと、酔ったら言え。」 アキの肩にぽんと手を置きそれだけ告げると、湊は真剣な表情で前を見たから、いつもの行きように目を閉じた。時折ちらりと見ると、いつも以上に真剣な横顔にドキッとしてしまう。 酔ったら言え、といった言葉に、もう湊に酔ってるよなんてクサい台詞を思いながら再び窓の外に目をやる。 相変わらず雪を被った山々が白いだけだ。
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