こどもひゃくとおばんの車

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                  *  通報されていることを恐れ、二日ほど様子を窺っていた保だったが警戒が強化されていないことを知り、三日目の夕暮れ、再び倉庫の物陰に潜んでいた。  逃した少女にまた会えないかと期待していたが望みはないだろうと思った。  あんな邪魔が入らなければ。  自分とは正反対の整った容姿の男に悔しさも倍増した。  落ち着け。  保は自分に言い聞かせる。  もしかわいい少女が通ったら今度こそうまく誘い込まなければ。  かりかりと小指の爪を噛みながら物陰から顔を出した時、保の心臓がどきゅんと撃たれた。  寂れた倉庫街がそこだけ光り輝いているような一人の少女が歩いてくる。  くるくる巻き毛の金髪に大きな目、バラ色の頬にぽってりしたピンクの唇。着崩れたトレーナーにぼろぼろのジーンズを着ていても、保にはその子がお姫様にしか見えなかった。  ただ、この間の子とは違って背が高く六年生か中学生かもしれないところは気に入らなかったが、近づくにつれ妹の持っていた――保が欲しくてたまらなかった――お姫様の人形に似ていると知って興奮が最高潮に達した。一度だけ妹の目を盗んでドレスの裾をめくり、履いていたレースのドロワーを脱がせたときのめくるめく快感を思い出し、股間が熱くなる。  どんなに高価でもいい、最高のドレスを着せてあげよう。  保は間近まで来た少女の前に立ちはだかった。 「き、きれいなドレス、着たくないかい?」  緊張する保を上目遣いで見る少女はこの上なく可愛らしい人形だった。  だが、 「はあっ?」  憎々しい表情に顔を歪め、少女は「何言ってんの、くそやろう」と口汚く罵って唾を吐いた。 「き、君はお姫様なんだよ。そんな口きいちゃいけないよ」  本来の姿を取り戻してあげなければと保は手を伸ばす。  舌打ちして少女は逃げ出した。 「ま、待って」  少女を追いかけて角を曲がった保が数メートル先に見たものはこどもひゃくとおばんのステッカーを貼ったこの前邪魔をした車だった。  運転席から慌ててあの男が出てくる。金髪の少女の腕を取って何か話しかけ、二人一緒に保のほうを振り返った。  男は少女を後部座席へかくまうとヒーローのように凛々しく眉尻を上げた。  保は立ち止まった。  一人目は簡単に誘い込むことができたのに、なんでこいつは邪魔ばかりするんだ。  保は一人目の少女、エリを思い浮かべる。  エリは嬉しそうにTシャツだけ脱いでドレスを被ろうとした。  だが、保が下着まで全部脱げと強要するとその異常さに怯えぐずり出した。待ちきれなくて無理矢理脱がせるととうとう大泣きし、保はエリをあきらめ帰すことにした。  もちろん大人に告げ口しないよう脅すのを忘れなかった。 「おじちゃん見たよ、エリちゃんの恥ずかしいところ。  このことをお母さんや先生に言ったら、エリちゃんのあそこがどんなだったか友達みーんなに言いふらしてやるからな」  脅しが効いているのか、保のことはばれていないようだ。  子供なんて他愛ないもんだな。  前回のことも含め保は自分の幸運を喜んでいた。  だが、こいつがその幸運に水を差す。一度ならず二度までも。  許さない。  保は車に向かって猛スピードで走り出した。  それを見た男が慌てて運転席に乗り込む。  発車されてはおしまいだ。  保は全力で車にしがみつき、窓ガラスをばんばん叩いた。  
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