こどもひゃくとおばんの車

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                  *  笹本はこの前と同じ場所に路駐し、書類の確認をしていた。  ホルダーから缶コーヒーを取って飲んでいると急いで駆けて来る少女がルームミラーに映り、その少し後からあの男が追いかけてきた。  笹本は車を降りて少女を止めた。 「どうしたの?」 「あのおっさんが追っかけてくんだよっ」  少女が振り返ると同時に笹本も男を見た。 「僕が何とかするから早く車に隠れて」  後部ドアを開けて少女を中にかくまった。  足を止めた男は笹本をじっと睨んで様子を窺っている。  この前みたいに逃げ去ってしまえばいいのに、今回はこっちに向かって走って来た。  慌てて車に乗り込み、ロックしてエンジンをかける。  発車する間もなく、憤怒の表情を浮かべた男は平手でガラスを叩いた。ドアを開けようと何度も取手を引っ張り、開かないとわかるとまたガラスを叩き始める。  ガラスを割られるような勢いに笹本は男に構わず発進させた。  悔しそうに追いかけてくる男を引き離し、やっと一息ついた。 「大丈夫? 怖かったね」  笹本はルームミラーで少女に微笑んだ。 「別に。それよりもう降ろしてよ」 「まだ追いかけてくるかもしれないから、このままお家まで送ったげるよ」 「いいから降ろせよっ」  まだ走行中にもかかわらず、少女はロックを解除しドアを開けようとした。 「ちょ、危ないから、止めるまで待って」  笹本は慌てて車を停止する。  外に出た少女は礼を言うこともなく薄暗い裏通りを横切ろうとした。 「こんなところ歩いたらまた危ない目に合うよ」  窓を開けて少女に注意をしたが振り向こうともしない。  ため息をつきながら笹本は助手席に載せた配達用のケースからエーテルの瓶を取り出した。間違って配達し返品されたものだ。蓋を開け、ポケットからハンカチを取り出すと中の液体をたっぷり滲み込ませた。  仄暗い防犯灯に金色の髪が鈍く光る。  笹本は少女の後ろにそっと近づき、鼻と口をエーテルを含んだハンカチで塞いだ。 「だから危ないって言ったろ」  笹本は暴れる少女を電柱の陰に引きずり込み意識がなくなるのを待った。 「トッテモ素敵ナ、金髪ノオ人形サン――」  小さな声で歌いながらぐったりした少女を車まで運んで後部座席に乗せる。 「あのおっさん趣味いいなぁ。狙う子みんなかわいいわぁ」  笹本はほくそ笑んだ。  車を返却するため帰社しなければならなかったが「着せ替えの時間くらいはいいよな」と独り言ち、車を発進させた。  自宅横のガレージに車を入れると急いでシャッターを閉めた。  倉庫と兼用しているガレージは中が広く、棚と作業台が設えてあっても狭くない。  車から降りて照明を点けると、笹本は作業台に乗せた大型の収納ボックスに近付いてふたを開けた。  ドレスを着た由愛がじっと横たわっている。  笹本が覗き込んでも光のない目を宙に向けてぼんやりしているだけだ。  泣くたびに何度も脅し、時には頬を叩いた。顔が腫れるので暴力は振るいたくなかったが、言うことを聞かない時はやむを得ない。  今はまだ足首にガムテープを巻いているものの、だいぶ大人しくなり、泣くこともなくなったので笹本は安心していた。  ナンテ可愛イ、ボクノ、オ人形サン――
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