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世界はもう少し甘いほうがいい
敏子は公園を歩いていた。
別に目的があるわけではない。
医者に命じられたとおり、日課にしている散歩をただ粛々とこなしている。ただそれだけだ。
もうすぐ八十にもなろうという歳。足もずいぶんと重くなった。
以前なら、家からこの公園まで五分も掛からなかったのに、今ではその倍以上の時間が掛かる。
夫を亡くしたのは四年前、一人息子は遠くで家庭を持っている。顔を出すのは年に一度か二度。今年は孫も受験生だし、おそらく年末も帰ってこないだろう。
一人で生きる日々に寂しいという感覚がないわけではないが、「寂しさ」も続けばただの「日常」になる。
「趣味でも見つけたらいいのに」
この間の電話で息子はそう言っていたが、敏子はもともと人付き合いがあまり得意ではない。
それに、夫も息子も孫も側にいない敏子は、初対面の相手と何を話せばいいのか見当もつかなかった。
相手に気を遣って疲れるよりは、こんなふうにあてもなく、彷徨うように生きている方が幾分ましだ。そう思っていても、移りゆく景色も、遊んでいる子供の声も、敏子の心を彩ってはくれなかった。
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