第三章:記憶の重み

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 半田の言葉を適当に流していると、不意に立ち上がった楓乃が「ちょっとゴミ捨ててくるね」と言って、俺からひょいっと焼きそばの空の容器を取り上げた。 「おう、頼むよ。俺はこいつのこと見とくから」 「うん」  短く返事をして、楓乃は小走りで去っていった。  その後ろ姿が人混みに紛れて見失った辺りで、半田が話し掛けてきた。 「雪人」  俺を呼ぶその声は、先程まで海ではしゃいでいた奴と同一人物だとは思えないくらい、どこか真剣味を帯びていた。  それに俺はいつもの調子で「何だ?」と返す。 「楓乃さんは、今居るのか?」  その質問だけで分かってしまった。  半田はきっと楓乃遥を覚えていない。たった今、楓乃が離れた時点で忘れてしまったのだろう。今彼にあるのは、俺が教えた楓乃遥という名の知識だけ。そこに思い出と呼べるものは存在しない。言ってしまえば、歴史の教科書に出てくる登場人物と同じだ。  俺は諦めるように息を吐いて。 「……居ないよ。今はゴミ捨てに行ってる」 「そっか」  半田は簡素に返して、それ以上喋ることはなかった。  俺も特に喋ることもなく、楓乃を待った。  周りにいる他の客の楽しそうな喧騒が、今の俺には虚しく感じた。     
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