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ソファに身を横たえると、外出中どこへともなく身を隠していた飼い猫が這い出て身を擦り付けてくる。甘える様にではなく、撫でろと命じる態度で。
片手にスマホ、空いたもう片手で猫を撫でながら、薄れゆく意識の中で彼女の声を聞く。
釣鐘でもかけられた様に重たい瞼が閉じて、視界は暗転する。艶やかな猫の毛並みと彼女の声だけが世界に充満して、やがてそれも白んでゆく。
記憶の途切れる寸前、
「おやすみ」
と囁く彼女の声が耳朶を撫でた。甘く。
それが僕の日常。
僕の、平穏な日常だった。
別に彼女と一生付き合っていけると思っていたわけではない、この日常が永遠に続くとも思ってはいなかった。
だが少なくとも数日や数ヶ月で幕を下ろすとも思えなかった。
僕と彼女が付き合うに至った経緯は少々歪で、苦い思い出でもあったが、だからこそこの関係が短期間で途切れるものとも思えなかったからだ。
事実付き合ってからの僕らは、時折軋轢も生じるし些細な行き違いから揉める事もあったが、概ね良好な関係を築けていたと思う。
互いに不満も不服も抱えながら、表面上は平穏に過ごしていた。
僕はそれで満足していたし、彼女も同じ様に感じていると信じていた。
平坦な毎日。
休みの予定を合わせて逢瀬を重ねる日々に得る一時の安らぎ。
世間一般の恋人達に擬態した日常。
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