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滞りなく葬儀が終わり、参列者が帰還する中、僕は彼女の両親に呼び止められた。
「君に渡したいものがある」
淡白な態度を叱責される覚悟でいた僕は肩透かしを食らった。訝しむ僕へと、両親は小さな箱を渡してきた。
「娘の携帯だ。遺書に、君に渡して欲しいと書いてあった」
あからさまに怪訝な顔をしてしまった。
両親は見た所六十代半ば。このご時世、スマホ一台にどれほどの情報量が詰まっているか、悪用しようと思えば山ほど手段があるのか何も把握していないのか。薄っぺらいかまぼこ板みたいなものにどれだけの価値があるか、まるで解っていない。でなければ遺書に書いてあったとしても、赤の他人にこんな貴重品をあっさり譲渡してしまうはずがない。
僕は差し出された箱と、両親の顔を何度も見比べて、スマホの価値を説くべきか否か逡巡した結果、ありがとうございます、とその場に相応しいんだか相応しくないんだかよくわからない台詞を吐いて受け取ってしまった。
帰宅して、喪服のジャケットだけを脱いでソファに腰かけ、じゃれついてくる猫を愛でながら箱を開封する。
中には充電の切れかけた、彼女のスマホが入っていた。バッテリーの残量が3%しかない。
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