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明るい笑顔を浮かべると、スーツを着ていても高校生に間違われることがある。
事務所を抜け、建物から出る。工場の敷地内には中庭があり、昼休みなどはここで過ごす人も多い。
しかし昼下がりの今は誰もいない。それが陽一にはありがたい。
自動販売機でコーヒーを買って、ベンチに腰かけて飲んだ。
「にがっ…」
普段はあまり飲まないブラックコーヒー。
でもこのモヤモヤした気分を晴らしたくて、あえて買った。
「…アイツは紅茶が好きだったな」
眼を閉じれば浮かぶ、過去に愛し合った人物の姿。
茶色の柔らかな髪に、穏やかな琥珀色の眼をしていた。ふんわり笑う顔が大好きだった。
しかし思い出そうとすればするほど、陽一の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「羽月はづきっ…!」
バキッという音で、現実に戻る。
手の中の缶を、無意識の中で握り潰していたらしい。変形した缶を見て、悲しい気持ちになった。
「オレは…死にたくなかったんだよ。羽月」
呟いた後、コーヒーを一気に飲み干し、事務所へ戻った。
再び自分の席へつくと、事務員の一人が声をかけてきた。
「陽一さん、ちょっと今よろしいですか?」
「えっええ」
複雑な表情で声をかけてきたのは、父と共にこの工場を立ち上げた水野みずのという五十を過ぎた男性だ。
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