茶ばんだページに宿る魂

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茶ばんだページに宿る魂

 きっと、人間には闇夜がある。  人はそのように言うものだ。私だってその言い回しを使わざるをえない。  でも、夜は悪いものではない。夜はむしろ安心なものとも思う。  夜には、木々が安心し、葉を揺らしている。でも鳥はどこで眠っているのだろう。  ここレンデラ国の北部の街レザで、ある著名な作家の原稿が見つかった。  それはセピア色に茶ばんでいた。紅茶をこぼした跡もあった。  それをオークション会場で見せてもらったのだが、手で触れられないようにガラスの中にあった。  何か価値の高いものは向こう側にある。   でも、拝観料は無料だった。そしてなぜだかその世界的デパートのその階には、ローストビーフが無料で食べられるコーナーがあり、私は十枚以上頂いてしまった。そのレホールのおいしいこと。まるで美食は恋なのである。  楽しい時間だった。以前、イギリスで有名なニューエイジミュージックの作曲家のコンサートを聴いたことがある。すばらしかったけど、少し下手だった。その実際の演奏の下手さが、録音されたCDの完全さとは、また違っていた。  私たちの読む古典文学が、どれだけの人の思いに育まれて本になっているか。それが書店に並び、ほどほどの価格で手に入るのだ。時には「やってられねー」という思いで製本したり編集したりする人もいるだろう。この世界。私は、何か胸に詰まっていたのかもしれない。世界を体験し始めている。その毒のような、汚染物質のような、大気汚染物質のような苦しいものを、私は吐き出すことに成功した。そして、これからは大丈夫なのだ。この会場にも、「殿方はいっぱいいる」。きっと、これからは、そして新しい時代は、私は生きていける。  会場の下の階では、その作家の初版本が売られていた。世界の果てで十字架につけられているあの鶴に教えてあげたい。初版本に憧れて、それを求める心は、不自然な嘘の感情ではない、生きた情熱なのだと。 (終わり)
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