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恵美子は小さい頃から体が弱かった。
小学生の頃は冬は必ずと言っていいほど風邪をひいて扁桃腺が腫れたし、いつも胃腸の具合が悪く給食を全部食べられる事がなかった。学校で嫌いな授業は体育。それは中学校にあがっても変わらなかった。そのせいもあってか、恵美子は強い体に憧れて中学から剣道部に入部した。
「お疲れー。明日の朝練も宜しくね」
「朝練きついよねー。寒くなってきたから足が冷たくって」
「真冬が怖いよね」
季節は冬に入りもう十月の終わりである。今迄は暑くて大変であったが、これからは寒い中の部活動が始まる。とりわけこの体育館は底冷えがするのだ。
「去年の寒稽古ではお汁粉作って食べたよね。また食べたいな」
一番の友人である真里ちゃんがすっかり暗くなった空を見上げながらそう言う。
「お汁粉かー。そう言えばお腹すいたね」
「早く帰ろう」
剣道部に入ってからやたらとお腹がすく。運動しているのと成長期な事が関係しているのであろう。恵美子は帰りの道を急いだ。埼玉県の熊谷市は夏が暑く、冬が寒い。恵美子の住まいは駅の近くなので帰り道は商店街が連なっている。焼肉屋さんからいい匂いが漂う。
(お腹すいたな。家に何かあるかな)
恵美子の家は貧乏な訳ではなかったが、母親が家事をしなかった。夕飯は出前やコンビニのお弁当が多い。酷い時には菓子パンが一週間続く事もあったほどだ。
「ただいまー」
返事がする訳のない家に挨拶をする。父親はパチンコに行っているであろうし、母親は浮気相手に夢中である。普通なら恨み言の一言でもつぶやくだろうが恵美子はまったく気にしない。小さな頃からなので慣れてしまっているのである。
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