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背中側の高い位置からやわらかな声が降ってきて、俺は慌ててそちらを振り返った。
「常楽寺先輩!」
声の主は一つ上の常楽寺昴先輩だった。彼は俺より一つ上の三年生、そしてこの図書委員会の委員長だ。
「遅いから手伝いにきてみたのですが、とんだピンチでしたね。間に合ってよかった」
すらりと背が高く、常に冷静沈着で理知的な存在。委員会で一緒になってから、間近でその様子をずっと見てきて、俺は男として先輩に尊敬の念を抱いている。憧れ、といおうか。昴先輩みたいなクールな大人の男になれればいいのに、といつも思う。こんなふうに、後輩の突然のアクシデントにも顔色一つ変えず、慌てず騒がず、さらりと危機を救ってくれた。
眼鏡の奥で薄墨色の目がやんわりと細められ、後ろから半お姫さま抱っこ状態の俺に昴先輩が微笑みかけてくる。
「あきらは相変わらず、そそっかしいですね」
「あ、相変わらずって……いやいや、俺はこれでもここ一年でぐっとクールな大人の男に成長しましたし……」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ! こんな、凡ミスも、普段はまったくしませんしっ」
「うーん、そうかぁ」
「そそ、そうですっ!」
焦って弁明を試みる俺とは対照的に、とくん、とくん、と静かな先輩の心音が、触れたままの背中から伝わってくる。ひやりとした室内において、あたたかな先輩の体温は安心感があって、なんだかとても、心地よい。
くすくすと、そよ風のように優しく先輩が忍び笑う。俺はその目を見つめながら、“こんな体制のまま顔を真っ赤にして懸命に言いつくろっても、なーんの説得力もなかったぜ……”と、心のなかで猛省したのだった。
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