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「………ねーねー、呉羽ママ」
「なに?優人くん」
「呉羽、なんでご飯食べないの?」
「あー…ご飯はちゃんと一緒に食べるように言ってるんだけどねぇ。あの子、一度弾き始めるとなかなか終わらないから」
「ふーん」
「ごめんね。気にしないで遠慮なく食べてね」
そんな、母とのやりとりもあったと聞いたことがある。橘は、いつもどこかで僕のことを気にかけていた。
そして小学校五年生になり。それまでは家に来てくれていたピアノの先生の家に、僕のほうから通うようになった。歩いて十分の場所だから苦ではない。橘も、その頃からバスケットボールを始めた。それらが、ますます僕と橘の距離を遠いものにした。
ただ、七月に催される地元の夏祭り一日目は、五月七日家と橘家が揃って毎年、足を運んでいた。これは橘家が越してきた年からの“決まりごと”…の、ようなもので。この日だけは、ピアノにしがみつこうとする僕を母が剥ぎとって、最終的に娯楽を堪能した。この…“行事”と、言えばいいのか。両家のイベントは僕たちが中学生になるまで続いた。
「呉羽、呉羽」
「なに?橘くん」
「この前、また一位とったんだろ?ピアノ」
「あゝうん。有り難う。橘くんは?」
「なにが?」
「バスケ。楽しい?」
そう訊くと、橘は僕に付き合ったうさ丸堂の白玉を飲みこんで生き生きとした笑顔で頷いた。その時の橘の顔を、僕は今でも覚えている。やんちゃな向日葵色。
普段、一緒にいないのに何故か僕らの間を通る空気は穏やかで話も弾んだ。
「俺たちもう五年生じゃん。幼馴染みだし。優人でいいよ」
「今更?」
「いつまでも『くん』づけされてると痒いんだよ」
「じゃあ、橘」
「え、まさかの苗字?」
それから、まるごとキャベツに向かって移動する。
「なあなあ、呉羽」
「なに?橘」
「夏休みの宿題やってる?」
「やってるよ」
「マジで!?」
「提出しなきゃいけないから」
「頼む!宿題教えて!」
「えー」
「なんだよ!?その嫌そうな顔!」
「ごめん。正直、勉強が得意そうなイメージない」
「だから、教えて!って、頼んでるんだろ!」
「時間のロスにならない程度ならいいよ」
「よっしゃ!」
すると翌日、早速、橘はうちにやって来た。
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