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ある日の昼休み__
「呉羽ー」
「なに?橘くん」
「これから皆んなでドッヂボールするんだ!一緒にやろうぜ!」
「やらない」
「なんで?」
「指、怪我したらピアノが弾けなくなるから」
「………」
するとその日の放課後、橘はまた僕に話しかけてきた。
「呉羽ー」
「なに?」
「これから皆んなでサッカーするんだ!サッカーなら、手つかわないから一緒に遊べるだろ?」
「やらないよ」
「えー?なんで?」
「帰ってピアノの練習したいから」
「そっか…」
「………」
歳のまま、そのまま僕は子供で。「ごめんね」とか「有り難う」「また誘ってね」と、言うことができなかった。言えないままでいた口の中は、なんだか痒くってまごまごして、胸の真ん中はむずむずしていた。
もちろん、僕は好きで自らピアノを弾いていたし、周りの大人たちの期待も誇らしかった。でも、だから一人でも平気だなんて、幼い僕は思えなかったのだ。心のどこかでそれを知っていた。知っていて、その思いに蓋をして、僕は毎日毎日、日が暮れてもピアノを弾き続けた。
そして、共働きをしている橘の両親の帰りがあまりにも遅くなる日は、姉さんと橘が揃ってうちに夕飯を食べに来ていた。
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