向日葵色の幼馴染み。

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「あ、麻里香(まりか)さん。呉羽は?」 「……………」 母は、何も言わずに首を横に振ったそうだ。それは、僕の手が病を患った時。僕はご飯も食べずにピアノの置いてある部屋にこもっていた。 「呉羽…」 痺れる手を、むりやり動かしてピアノを弾いていたその手は、テーピングの上からでも腫れていることがわかった。 「呉羽、しっかりしろよ」 「……………」 「呉羽!!」 枯れるほど泣いたはずなのに、涙は止めどなく溢れて頬を濡らしていく。枯れない…涙も、ピアノにたいするその思いも。ピアノを失ったら僕にはなにも… 「俺がいるだろ!」 「………え?」 「俺は、呉羽のピアノにはなれねぇよ。でも、今までピアノを弾いてた時間と同じだけ、俺が一緒にいてやる!夢は…夢はまた必ず見つかる!だから…だから自分を見失わないでくれ、呉羽」 「……………」 枯れない涙。ただ手が痛い…それだけは、はっきりとわかるのに、これからどうすればいいのか…その答えには辿り着けなかった。橘は、それ以上なにも言うことはなく。綺麗事を並べることもしなければ、慰めることもしないで、黙って僕の隣りに座っていた。 そうして、その瞬間(とき)になって、僕はようやく理解したのだ。 __もう、ピアノは僕に振り向いてくれない。 と。しかし同時に橘は言ってくれたのだ。 「夢はまた必ず見つかる」と__ 部屋にこもってから二週間、僕はこの日、ピアノに別れを告げた。 時間は現在に戻り、高校一年生の夏。今日は終業式。僕は彼に言わなければならない。今年の夏祭りは一緒にいけない、と。 「呉羽ー。帰ろうぜー」 「あゝうん」 「どうした?ぼーっとして」 「別に。どうもしないよ」 「呉羽くーん!一緒に帰りましょう!!」 既に聞き慣れた声に、けれど僕と橘の時間が止まった。高校一年生の一学期、最後の日。今日はどこも部活はないはずだ。なのに、彼女は一年生の教室に当たり前と言わんばかりの面立ちで現れた。
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