カラフルへようこそ。

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まったく。“しょんぼり”と、言う単語がよく似合う。悲しげに垂れているふさふさの耳が見えるようで、まるで子犬である。この子供らしさ、憎めない性格も、橘が女子生徒からモテる要因の一つなのだろう。 僕は、ちらり。机に並べられている数少ないパンに視線を向けると、エビカツサンドを手にとった。 「すみません。これください」 ポケットから三百円を取り出す。購買の職員にお金を渡すとお釣りの五十円を受け取って、手に入れたエビカツサンドを橘に差し出した。 「付き合わせたお礼」 「呉羽!これ、エビカツサンドだぞ!」 「知ってるよ」 何故、橘がエビカツサンドに食らいつき、それが残っていたのか。それは“値段”である。我が校のエビカツサンドは美味しくて、ボリューム満点で、それはそれは人気の一品なのだが。その額は二百五十円。一方、こちらも美味しくてボリュームのあるカツサンドは二百円。たかが五十円。しかし高校生の僕らには、その五十円が貴重なのだ。 西井先生同様、否、西井先生よりもずっと長い付き合いの橘も、僕には不思議な存在で。目の前で歓喜している姿を見ると、僕まで嬉しくなってしまう。この現象に、なんと名前をつけようか。 橘がご機嫌で残りのパンを選んで会計をしているその刹那、ふっ、と辺りを見渡す自分がいることに、僕は気がついた。 (…いるわけないか) それでも、感じる空気がある。 ひらりひらり__ ゆっくりと水たまりの上に落ちてきた、桜の花びらのような。薄っすらと甘くて、あっ、と、気がついたら消えてしまう名残り。モノトーンの世界。ひんやりとした廊下に、彼女の残像を、僕は確かに見た。その時だ。 「呉羽~。サンキュな!」 橘の満足気な声と一緒に、背後から力強く肩に腕を回された。
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