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そうして、少したわいない話をすると僕たちは膝をのばして牛乳室を後にした。並ぶ肩、渡り廊下を抜けて僕は一年生の二階で、四月一日先輩は二年生の三階へ。それぞれの目的地が違うので自然と別れた…と、思ったら。
「呉羽くん!」
既に背中を向けていた僕に、階段途中で呼びかける四月一日先輩。振り向くと、「またね」。まるでそう言うように、先輩は胸元で右手を振った。
「遅れますよ」
その笑顔に返事をすると、
「つれないわね」
苦笑いの一言とは裏腹に、四月一日先輩は微笑っていて…タンタンタンッ。軽快な足音をたてて階段を上っていった。
揺れる黒髪、スカートを見送って踵を返すと、開けっ放しの扉から教室へ入る。“安堵”の、一言だ。もう皆んな別々の話題で盛り上がっていて、僕が入室したことにすら気がつかない者もいたのだが…それも束の間。ただ一人だけは違って、険しい表情を張り付かせて僕の両肩をガシッとつかんできた。
「呉羽!なんだ!?なんだったんだ、さっきのは!?」
「近いよ、橘」
「羨ましいぞ!」
「心の声がもれてるよ」
机に置く、一本のペットボトル。僕の中の悪戯心がうずいた。
「これ、四月一日先輩から貰った水」
「なっ!?飲む!!」
ペットボトルをかっさらって、喉を鳴らしながら水を流し込む橘。その姿を堪能すると僕から一声。
「橘、それ、飲んだのは僕だよ」
瞬間のできごと、橘は水をつまらせたのだろう。思いきりむせて、そして先ほどよりも恐ろしい形相で僕を見る。
「く~れ~は~」
「『貰った』とは言ったけど。四月一日先輩が飲んだ水、とは言ってないよ」
「紛らわしいんだよ!」
「ははは、ごめんって」
「絶対わざとだろ」
「さあ?」
広げっぱなしにしていたお弁当箱を包みながら交わす言葉の一つ一つ。それを遮るように、昼休みの終わりを告げる鐘が学校中に響き渡った。
全ての授業、終礼を終えて、掃除を済ませて。やはり…と、言うべきなのか。ゴミ箱を教室の隅に戻すと、僕はスクールバックを肩にかけて古書室への道のりをゆったりとした足どりで辿る。途中、渡り廊下を抜ける時に見える、中庭の大木の緑が揺れた。ザザザッ__と、鳴る風の音。
(………)
鳴る。音符が、耳を通り抜けて頭の中で楽譜に変わる。僕は、一度止めた足を、また目的地へ向かわせた。
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