浮き星

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浮き星

 今夜も、羊飼いは空を見上げた。星を見て、己の時と場所を()るために。そうして、明日の寝場所を定めるのだ。  しかし、その夜、南の空から現れた白い星は、天球の上を右へ左へと飛び回った。空を仰ぎ、首を痛めながら光を追ううち、逃げ回る星は二つ、三つと増えていき、気付けば頭上の星空は蛍の群れと化していた。星を乱された羊飼いは、己の行く先を定めることができなかった。  夜が去ろうとする頃、明日の旅を諦めた羊飼いは、一頭の羊を(ほふ)った。舞い上がる火の粉は暴れまわる星に怯え、その弾ける声を潜めた。  次の日も、また次の日も、静かな星空は戻ってこなかった。羊は日を追って失われていったが、このような浮ついた星の下では、向かうべき方角を定めることができない。羊もいつかは底を突く。羊飼いは頭を抱えた。  ある夜、屠るべき羊を見定めていると、空から一条の光が落ちてきて、小高い丘の向こうへと消えた。丘を上り光の落ちた先を見下ろすと、削り取られた大地の中心から、巨大な岩が転がってきて羊飼いに尋ねた。 「われは光を落としてしまった。この辺りで、われの光を見かけなかったか」  羊飼いは首を傾げた。 「光はあなたと共に落ちてきたと思ったが」 「それはわれの言う光ではない。ぬしが見たのは、星を守る壁とわれとの間で交えた剣が散らした火花だろう」  岩は苛立ちを露わに、声を震わせた。大地が共振して、砂埃を上げる。慌てた羊飼いは岩をなだめようと、とっておきの羊を引いてきた。腰のナイフで腹に切れ目を入れると、そこから手を差し入れて、血管を捻って殺した。そのまま、岩の目の前で、羊は一滴の血を流すこともなくばらされていった。 「何をしている」 「うまいですよ」 「その獣は光の神の子だ。口にするなどとんでもない」 「うまいのに」  羊飼いは、適度な大きさに切り分けた肉を、直火であぶってしゃぶりついた。岩は怒りのあまり、顔を真っ赤に輝かせた。光が波となって羊飼いを飲み込み、羊たちを包み込んだ。岩は思い出した。己が光を自ら生み出せる種の星であったことを。岩は哄笑する。更に強まる光は、丘を越え草原を覆い、遥か天球の世界からも見えるほどだった。
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