第2話 恩義

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第2話 恩義

───! ベッド脇の椅子に腰を掛け突然日本語を話し出した中年の女性は笑みを浮かべたまま私の返答を待っている。 アリーシャと名乗った目の前の女性、何よりも特徴的な鋭い目つきが一際目を引くもそこに粗野な雰囲気は無くむしろ思慮深い理性の光を宿している。 目尻や口元には年相応の薄い皺が見て取れるものの、培ってきた経験がそのまま刻み込まれたような良い歳の取り方をした人間的魅力のある女性であった。 「野坂…野坂紗希(のさかさき)です、あの!日本語話せるんですか?」 私がよほど驚いた顔をしていたのだろう、アリーシャは可笑しそうに声を立てて笑った後、咳払いを一つして佇まいを直す。 「いやいや、すまないね。ノサカサキって言った?変わった名前だね…サキでいいかい?私はね[ニホンゴ]っていうのを話せるわけじゃないんだ、会話ができるのはその翻訳魔法器具のおかげさ。」 そう言って私の手首で鈍く輝く金属の輪っかを指差す。 『翻訳…魔法器具?魔法…と言ったのか…?』 手首に装着されているバングルを目の高さに上げ観察しながら考えを巡らせる。 先ほど手渡されたときに確認した通り表面には所狭しと細かな文字のようなものが刻まれている。 目を凝らしよく見てみても日本語や漢字、アルファベットとは全く異なる文字ばかりでともすれば記号にさえ見えるそれらは解読不能であった。 首を傾げ何度も手首を返す私の様子を見てアリーシャは軽く肩を竦めると説明を続ける。 「まあ知らなくても無理はないか…一般にはあまり出回っている代物ではないからね。それはいろんな場所で商売をしている私らには必須の道具なんだよ、国外は元より国内でも地域によっては言葉が違うし訛が強すぎて会話が成り立たない場合もある。 どんなにいい商材を見付けてきても話しが通じなければ取り引きできず商売あがったりさ、そんなときに活躍するのがその翻訳魔法器具というわけだよ。 初めて使った人達はだいたいあんたみたいに目を丸くして驚くものさ、どうして言葉が分かるんだ!?ってね、とは言っても、私らもどんな構造で会話が成り立っているのか全く分からないけどね!」 年の割には─と言っては失礼だが、幾分か茶目っ気のある顔を見せおどけるように笑うアリーシャ。 なるほど、喋る口元をよくよく見てみれば唇の動きと聞こえてくる言葉が一致していない。 そう、例えるのならまるで外国映画の吹き替えを見ているような、そんな違和感を感じていた。 映画がそうであるようにしばらくして慣れてしまえば気にはならなくなるのかな? 「取りあえず目が覚めて良かった、なかなか起きないから心配していたんだよ。」 アリーシャの話しがひと段落したのを見て横でしきりに相槌を打っていた少女が身を乗り出す。 「この商会で働いているリタです!さっきはびっくりしました!部屋の片付けをしていたらいきなり天井に穴が開いたんですよ!もしかして…あれってサキさんがやったんですか?」 リタと名乗った胡桃色の髪をした小柄な少女、くりくりとよく動く大きな瞳に長い睫毛、愛嬌のある丸っこい顔にはまだ幼さが残る。 歳は…十一、二といったところだろうか? この短い間にも目まぐるしく変化する表情に目を奪われて事に気付きリタが指差す問われた天井へと視線を移す。 あーそうか……あの穴って私が…やったんだろうな… だから部屋の中に木屑が散乱していたのか……… 「天井に穴を空けたのは多分…私です、ごめんなさい、絶対に弁償します。あと…どうやってやったのかは…分かりません。」 穴を開けた方法、必ず聞かれるだろうから先手を打った。 正直に説明をするとまずい事になるかもしれない、 かといって嘘をつくのも嫌だし上手いごまかし方も思い付かない、だから分からないと言い切ってしまった。 それよりも、今は他に優先すべき事がある。 「ところで…ここはどこですか?私はなぜここにいるのでしょうか?…それと、あの後[影]はどうなりましたか?」 話しが通じるようになったのだから意思疎通の方法に頭を悩ます事無く情報収集は一気に進むはず。 焦る気持ちはあるけれど今は自らの置かれた状況を正確に把握し整理しなければならない。 天井の穴を怪訝な顔で覗いていたアリーシャは視線を戻すと私の質問に答え始めた。 「ここはラーズ王国のモンテだよ、街道沿いに倒れていたあんたをうちの若いのが見つけてここ、ステラ商会モンテ支店に運び込んだのさ。 あんた運が良かったね!あそこらはロアの森に近いから魔物が出て危険なんだよ。それで?影って何だい?」 ──訳が分からない  何…?一体何の話しをしているの? 日本じゃない?ラーズ王国?聞いたことも無い国の名前だ。 魔物…?魔物って何?[影]の事?でも[影]は知らない…? アリーシャの表情を見るにからかったり嘘を言っているようには思えないけど…一体どうなっている…?頭の中がぐちゃぐちゃだ。 「取りあえず、あんた三日も寝ていたんだお腹空いているだろ?後の話しは食事をしながらにしようか。」 『三日!そんなにも…!』 知らされた事実に驚愕し全身に悪寒が走る。 しっかりと確認したわけではない、だから断定はできないが…目や耳から入ってくる情報から察するにステラ商会と言われたこの建物はごく普通の一般的な建築物だと推測される。 こんな無防備な場所で三日もの間寝かされていて…何も問題が無かったとは… 『……反応は無し…か……』 だとしても、今は食事などしている場合ではない…申し出を断ろうとするが… しかし…そう言われてみるとお腹はとても空いている… 胃に何か入ればぼやけた頭も正常に働くようになるだろうか? 私の返答を待たずして既に廊下へ出ようとしているアリーシャが戸口から振り返る。 「食堂は一階だよ、大した怪我もしていなかったから自分で歩けるね?顔と体がだいぶ汚れているからしっかり汚れを落としてから降りてきなさい。」 促されるままベッドから足を降ろし木の床に立つ、降り積もったように全身に付着する木屑や埃を払い落としながら軽く体を動かしてみるがどこにも痛みは無いようだ。 なんでも、ここへ運び込まれたときに打撲や擦り傷の跡はあったそうだが[チリョウシ]と言う人に頼み治してもらったのだと言う。 実際にどの程度の怪我を負っていたのか分からないけど、リタが持ってきてくれた固く絞った布で体を拭きつつ確かめてもそれらしい跡は無い。 『…すぐに治るような浅い傷だったのかな?』 そう言えばまだ礼を言っていなかった事を思い出し戸口に立つ商会の主に頭を下げる。 そんな事はいいんだよとアリーシャは大袈裟に手を振り再び食堂へと促された。 廊下へと足を踏み出しドアを閉めながら建物の中を見回す。 私が目を覚ました部屋は商会の二階、真っ直ぐな廊下に沿って同じようなドアが立ち並ぶ中程にあった。 廊下を挟んだ向かい側の壁、胸の高さには両開きの窓が幾つか見られ陽の光が差し込む。 屋外からの喧騒が微かに伝わって来るものの、部屋の窓と同じく硝子の表面には波打ったような加工が施されているため外の景色は不鮮明でよく見えない。 窓枠にある真鍮色の錠に手を伸ばしかけたとき、階段の降り口で手招きをしているリタに呼ばれた。 「サキさん、こっちですよ。」 既に食堂へ向かったのかリタの側に立ち中折れ式の階段を覗き込んでもアリーシャの姿は無く、早く行きましょう!と少女に急かされる。 胡桃色の髪を揺らす小さな背中に続き軋む木の踏み板に足をかけると階段を降りた。 商会の一階、階段を降りてすぐ右手には六人程が掛けられる木製のテーブルが四卓置かれていて、そのうちの一つで雑談をしていた数人の男達が私の存在に気付きちらちらとこちらを窺っている。 「そこへ掛けて下さい、すぐに食事を持ってきますから。」 リタに椅子を勧められ腰を掛けるとテーブルの上に湯気の立つスープの器が三つと籐を編んだかごに盛られたパンが用意された。 私らも遅い昼飯だからとアリーシャとリタの二人もテーブルを挟み向かい側の席に着く。 「それで?サキはなんであんな所に倒れていたんだい?」 固いパンを一口大に千切りながらアリーシャが問いかける。 「それが…どうやってその…ロアの森…ですか?その森の近くまで来て倒れていたのか…さっぱり分からないんです。」 そう、分からない。 やはり…記憶がすっぽりと抜け落ちている。 先程から繰り返し記憶を辿ってみてはいるものの何度試しても同じ箇所でぷっつりと途切れ、そしてその先は穴の開いた天井の記憶に繋がる。 内心溜息をつき深く落胆すると共に現状を正確に把握できない苛立ち、焦燥感に刈られていた。 アリーシャさんの口から三日間寝ていたと聞かされてはいたが、記憶が途切れてからどれだけの日数が経っているのか…正確には分からない。 十日?一ヶ月?…もしかしたらもっとなのかもしれない。 先程、木桶に汲まれていた水で汚れた顔を洗ったとき、水面に映る自分の顔は記憶にあるものと同じだったから数年が経過しているわけではないと、そう思いたいけれど… 「でも自分の名前は分かったんだろ?その他の記憶は?」 細かな野菜の泳ぐスープを木製の匙で掬い啜りながら考える。その他の記憶は…ある、と思う。 思い返しても記憶を失っているのは一箇所のみで他に記憶が抜け落ちている所は無いように思える。 「それじゃ旅の途中で何かショックを受けて記憶を無くしたのかね?まぁそんな人の話も聞かないことはないよ。」 ショックによる記憶喪失……?本当にそうなのだろうか? そうだとしたら私の身に何が起こったのか?記憶を失うほどの事だ、 攻撃を受けて頭を打ったのか、それとも精神的なショックを受けたのか…… 失った記憶はいつか戻るのだろうか…? 「それで?サキはどこから来たんだい?」 どこからか……それも正直に答えない方がよさそうだ。 「私の家は日本の横浜と言うところにあるのですが…あ、ところで、ここは本当に日本ではないのですか?」 「ああ、さっきも言った通りここはラーズ王国だよ。ニッポンって言うのはサキの住んでいた…国の名前かい?聞いた事が無いね。ヨコハマは…街の名前?それも初耳だと思うけどね……」 眉を寄せたアリーシャは天井の辺りに視線を漂わせ自らの記憶を探っているようだ。 『私がこの国の名前を知らなかったようにアリーシャさんが日本を知らなくても仕方ないのかもしれない。』 しかし、疑問なのはいつの国外へ出たのか?ということだ。 記憶の無い期間に航空機で渡ったと、そう考えられるのだろうけど…なぜ日本から離れた?離れなければならない理由があったはずだ。 それに…他の人達はどこへ…? そこでふと気付いた。 『……そうか…そうだ!どうして気付かなかったんだろう?やはり頭が働いていなかったのか?』 食事を摂った事で脳にもエネルギーが供給されたらしい。 正常な思考がやっと回復してきたのか目の前が急に明るくなったように感じる。 「アリーシャさん、電話を貸してもらえますか?」 そうだ!電話だ!なぜ気付かなかったのか…取りあえず連絡をしよう。 そうすれば現状の報告ができるしあの後どうなったかも分かる、帰り方もだ。 電話番号は覚えているしここが本当に海外だったとしても国際電話のかけ方は知っている。 そうだ、これで何とかなりそうだ。 「電話ってなんだい?」 ──? え? 今…なんて言ったの…? まさか…電話が分からないって…?そんなことあるわけ…… 食事の手を止め真顔で私を見つめるアリーシャとリタを見て疑念が確信に変わる。 ………本当に…?電話が分からない? ──! 『そうか…!もしかして…この翻訳魔法器具を通してもこの国では[電話]という名称自体が伝わらない、そういう事か!』 そうだ…きっとそうに違いない、知らないはずがないのだから。 言葉が伝わらなくても電話は必ずあるはずだ、しっかり説明してもう一度尋ねてみよう。 「えーと、いいですか?[電話]と言うのはですね、遠くの人と話せる道具でして…」 身振り手振りを交え二人に説明をする。 まさかこんなに必死になって電話について解説しなければならない場面に直面するとは…予想すらしなかった。 「……と言うことで電話のことを理解してもらえたと思います。それで、商会に電話、ありますよね?連絡を取りたいので使わせて下さい。」 私の説明を聞き終えても二人は要領を得ない様子で互いに顔を見合わせ首を傾げている。 「遠くの人と話せる道具?そんなのは商会(うち)には無いし聞いた事も無いよ。サキの国にはそんな便利な魔法器具があるのかい?そんな物が本当にあるのなら商会で是非取り扱いたいものだね。」 「リタも初耳です!そんなのがあったら一度使ってみたいです!」 ……だめだこれは、冗談ではなく本当に知らないらしい。 まさかと思い尋ねると通信端末やネットなども分からないと言う。 そんな…知らないなんて事があるのか? 落ち込み悩む私にアリーシャの言葉が更に追い打ちをかけた。 「そうだね…誰かに連絡を取りたいのなら郵便を使うしかないけれど…」 郵便…? 「でもね、その…サキの住んでいたニッポンやヨコハマと言う場所をやっぱり聞いた事がないんだよ、だから郵便が届くのかどうか…これでも商売柄国や街の名前には詳しいつもりなんだけどね…」 頭が…混乱している。 最初は言葉が通じず途方に暮れた。 会話ができるようになってからは自分の居場所や状況が簡単に掴めると、そう思っていたのに…状況は一向に好転しない。 場所が分からない、帰れない、連絡も取れない。 ではどうすればいい? 助けてもらった上に治療まで施してもらい感謝はしているけど…でも、こんな所に留まっている場合ではない。 どうにかして帰らなければならない、どんな手段を使ってもだ、私にはやらなければならない事があるのだから… この八方塞がりの状況を打開する策はないのかと頭を悩ませていると、三十代前半と見られるよく日に焼けた男が食堂へ入ってきた。 「おっ!お嬢ちゃん目が覚めたのかー!良かったな!体調はどうだ?痛むところとか無いか?」 『……誰?』 私と目が合うや声を上げる男、何だろう?知らない人が馴れ馴れしく話しかけてきている。 見覚えの無い男を訝しげに見ていると私を助けてくれた商隊のリーダー、オルクだとアリーシャが教えてくれた。 戻るための情報が何一つ得られず落ち込んではいたが、命の恩人に失礼な態度を取るわけにもいかない。 「オルクさん助けてもらってありがとうございます。野坂紗希と言います。」 「礼なんかいいよ!あんな危険な所に女の子をほっぽっておけないだろ?まぁ困った時はお互い様って事でさ!」 席を立ち頭を下げる私にオルクは手をひらひらさせながら照れ臭そうに笑う。 「何だよあんた!この子が可愛いからってデレデレするんじゃないよ!」 「そうですよ!オルクさんデレデレし過ぎです!」 アリーシャとリタの二人にいきなり責められオルクが目を白黒させている。 「なっ!そんな事無いですよ!まぁ可愛いって言うのは……」 そこで言葉を切り自らの顎に手をあてがうと上から下まで無遠慮に私を眺め… 「うん、可愛いな…」 じとっとした目でオルクを見る向かいの席の二人。 「まったく…あんたは女と見ればすぐ鼻の下を伸ばして…」 そこまで言いかけて何かに気付いたのかアリーシャは表情を変える。 「オルクあんた…まさかとは思うけどサキを助けた時に変なとこ触ってないだろうね?」 「オルクさん最低です!不潔です!」 は…? 険しい顔の二人と一緒に思わずオルクに視線を移した。 女三人の責めるような視線を受けたじろぐオルク。 「いやいやいや!勘弁して下さいよ!商隊にはうちのかみさんも一緒に乗ってたんですよ?あいつの前でそんな事するわけないでしょ!?」 「それもそうだね、マリーの前でそんな事したら…この間みたいに…ねぇ?」 目を細め低い声を出すアリーシャ。 顔色を変えたオルクは何か良くない事を思い出したようで顔を青くして大量の冷や汗をかいている。 オルクが何をして奥さんに何をされたのかは想像しない方が良さそうだ。 一通りからかい終えたアリーシャは気が済んだのか話を変える。 「ところでオルク、あんたうちに来る前確か郵便の仕事をやっていたろ?ニッポンって国やヨコハマって街の名前に聞き覚えはあるかい?」 取り出した手ぬぐいで汗を拭き終えたオルクは顎に手を当て暫く考えた後、 「いや?聞いた事が無いですね、それがどうかしたんですか?」 「この子はそこに住んでいたらしいんだけど、どうやってここに来たのか覚えてないって言うんだ。 それなら連絡を取りたいと言うけど場所が分からない事には郵便も届かないんだろ?」 「確かに、その国は郵便網には無いので届きませんよ。それに、国の名前はだいたい把握しているけどニッポンなんて国はやはり…聞いた事が無いですね。」 新興国なのか?と問うオルクに私は首を振る。 そんなはずは無い、日本は世界で一番歴史の長い国だと歴史の先生が言っていた気がする。 「日本は海に囲まれた島国です、本当に知りませんか?」 オルクは首をひねりやはり知らないと言う。 「オルクも知らないんじゃ困ったね。場所が分からないと帰るにも帰れないか…この街じゃ私らより詳しい者も思い付かないしね。」 「そうですね、この街ではうちの商会が一番詳しいでしょう。後は…知っている可能性があるとすれば冒険者かな?俺達商人と違ってあいつらは商売関係無く色んな所に行っているから郵便網の無い地域の事にも詳しいかもしれないですね。」 -冒険者?探検家の事か? 「あぁ、確かに冒険者なら知っている可能性はあるだろうね、ただ、今この街には来ていないようだよ。」 冒険者が日本を知っている可能性があると言うのならその人に聞くしか無いか… 「アリーシャさん、その…冒険者という人にはどこへ行けば会えますか?」 「隣町のヘトキアに冒険者ギルドがあるからそこへ行くのが一番手っ取り早く確実だろうね。ただ、知っている可能性があると言うだけで必ず知っているとは限らないよ。後は…ヘトキアには図書館もあるからそこで調べてみるのも一つの手だね。」 図書館は分かるけど…冒険者ギルド…?ギルドとは何だろう? 「ん?ギルドを知らないのかい?ギルドって言うのは所属する者を取り纏め依頼の受け付けや仕事を斡旋したりする組織だよ、冒険者ギルドは冒険者を取りまとめる組織って事だね。サキの住んでいた所にはギルドが無かったのかい?」 「無かったと思います、私が知らなかっただけかもしれませんが…」 今のところ冒険者に聞くか図書館で調べるしか方法が無いのなら…一刻も早くヘトキアという街へ行かなければならない。 「分かりました、ヘトキアの冒険者ギルドと図書館へ行ってみます。オルクさん、ヘトキアはこの街からどの位掛かりますか?」 「ん?あぁ…徒歩で三日、乗り合いで一日だけれど…いまヘトキアへの街道は魔物が多くてとても危険なんだ、この街で足止めを食っている旅人もかなりいるらしい。」 また魔物… 魔物が何なのかは分からないが…多少の物なら何とかなる、今はそんな物に構っている場合ではないのだから。 「今からヘトキアへ行こうと思います。」 席を立とうとした私を手で制しちょっと待ちなさいと止めるアリーシャ。 「魔物が出るとなると大の男でも徒歩ではかなり危険だ、そこを女が一人で行くなんざ自殺行為だよ。サキが急いでいるのは分かるけれど、明後日オルクの率いる商隊がヘトキアへ向けて出るからそれに乗って行きなさい。」 オルクとリタも険しい表情でしきりに頷いている。 明後日…そんな悠長なことは言っていられない。 好意は嬉しいが正直なところすぐにでもヘトキアへ向かい情報を集めたい。 焦る気持ちもあるのだが、助けてもらってから世話になりっぱなしでこれ以上居座るわけにもいかないとの思いも強かった。 「いえ、これ以上お世話になるわけには…」 アリーシャが首を振り私の言葉を遮る。 「魔物の件が無かったとしてもだ、言っちゃ悪いけどあんた、お金無いだろ?助けたときに荷物も持っていなかったようだし、それじゃ確実に行き倒れになるよ。明日一日うちの仕事を手伝ってくれれば給金を支払うからそれを支度金に充てるといい、何なら先払いにするから後で買い出しに行って来なさい。 あと、今日明日はうちに泊まっていいからね、部屋は余ってるんだから遠慮する事は無いよ。」 立て続けに指摘され現実へ引き戻される。 そうだ、ヘトキアへは三日かかると言っていた、 私ならもう少し早く着けるかもしれないけどさすがに何も食べずにという訳にはいかない。 それに無一文ではヘトキアへ行った時に泊まる場所にも困るだろうし図書館へ入館するのにもお金が掛かるらしい、食べ物も買えず確実に野垂れ死にだ。 一刻も早く行動を起こしたいのは山々だが右も左も分からないこの場所で無計画に動いたのでは命に関わりかねない。 「そうですよ!リタもアリーシャさんに拾われてここでお世話になっているんですから遠慮しないで下さい!」 無い胸を張って何故か自慢げなリタに吹き出しそうになってしまった。 席を立ち改めて皆に頭を下げる。 「本当にありがとうございます、お世話になります。」 それを聞いて三人は揃って頷き微笑んでくれた。 どうしてこんなにも良くしてくれるのか…本当に助けてもらってばかりだ。 受けた恩はいずれ必ず返さなければ…                                                                
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