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第4話 鼠
──ネズミ……?
アリーシャさんが商会の戸口で話していた内容にそんな単語も聞き取れたけど…
ん…?リタの様子がおかしい。
ネズミと聞いた途端顔色を変えたリタは先程とは打って変わった真剣な表情で勢い良く立ち上がる。
「鼠ってまさか…!」
「心配しなさんな、聞いた話しだとほんの数匹北門の外をうろついてるだけだって、大丈夫だよ。」
「アリーシャさん!でも…!」
安心させるように肩に優しく手を置き、大丈夫だと微笑みかけるアリーシャ。
それでもリタの表情は硬く唇を噛みしめ思い詰めたように食堂の床へ視線を落としている。
『ネズミ程度でどうしてそんな…?』
食堂内にいる男達に視線を移すと顔を寄せ合い何やら深刻そうに言葉を交わしている。
外からは相変わらず人々のざわめきが伝わって来ているし…北門と言う場所にいるのがただのネズミにしては様子が…おかしい。
周囲の反応に疑問を覚え二人の会話に思わず口を挟んだ。
「あの、すみません、ネズミって何ですか?」
私の質問に首を傾げ怪訝な表情を浮かべるアリーシャ。
何か変なことを聞いてしまったのだろうか…?
「鼠を知らないのかい?サキの住んでいた所にもいただろ?あいつらはどこにでも棲息しているからね……え?知らない?もしかしてこの国とは呼び方が違うのかな?子どもくらいの大きさの魔物だよ、知ってるだろ?」
──魔物…
私の知っているネズミとは別物なのだろうか…?
アリーシャさんは知っている事が当然のような口ぶりだけど…子ども位の大きさ?カピバラ…のようなものなのだろうか…?
だとしても数匹程度で騒ぎになる理由が分からないな…
魔物か…実際に見た方が早そうだな。
近くにいるのなら一度確かめてみるか…
「私の故郷にはいなかったのでどんな魔物なのか詳しく教えてもらえると助かります。」
私の言葉を聞き、いない所もあるのかねぇ?と不思議そうに首を傾げながらも説明を始めるアリーシャ。
「あんななりをしているから私らはもっぱら“鼠”と呼んでいるんだけど、正しくはウェアラットという名の魔物だよ。一匹なら力も弱くて大したことは無いんだけど数が揃うと厄介でね、商隊や集落を襲撃しては食糧を奪い…人を生きたまま食らうのさ。」
──想像し難い
死体であれば食べる事もあるだろう、しかし生きている人間に襲い掛かり食らい付く攻撃性の高い鼠など…聞いた事がない。
私の表情を見取ったアリーシャは片眉を吊り上げると言葉を繋げる。
「何だい、それも知らないのかい?そうだね…サキも明後日商隊に加わって隣街へ行くから街道で鼠に遭遇するかもしれないしね…いいよ、他人事じゃないんだ、教えてあげる。」
立ったままのリタを椅子に座らせ自らも腰を下ろすとテーブルの上で顔を寄せ少しだけ声を落とした。
「ここらでは幼子でも知っている事だけど、鼠って言うのは恐ろしい魔物でね集団で襲われれば大の男でも命の危険に曝される可能性が高い。それに執念深いところがあってね目を付けた獲物を執拗に付け狙う性質もあるのさ。奴らの鋭い歯や爪は革の防具程度なら簡単に切り裂き骨さえも齧り取るくらいだからね。昔、運悪く襲われた男を見た事があるけど…あれは惨いものだった…生きたまま貪り食われるんだからね、いまだにあの時の叫び声が耳の奥に張り付いて離れないんだよ…」
人を襲う鼠…話しを聞く限り全く未知の生物だ…
「この街も五年前に襲撃を受けてね、その時は三百匹の鼠が押し寄せたんだよ。奴ら手強くて北門が破られるのを止められず街に雪崩れ込んで来た、それを街の自警団とたまたま駐留していた騎士団がなんとか撃退して街は守られたんだ。もし騎士団がいなければこの街も蹂躙されていたかもしれないね…」
アリーシャは俯いたままのリタの肩を抱き寄せると言葉を繋げた。
「この子の父親はその時自警団の一人として鼠と戦って命を落としたんだ。」
母親は既に亡くなっていて他に身寄りの無いリタをアリーシャが引き取りこの商会に住み込みで働くことになったと言う。
今でこそ明るく元気な様子のリタだが父親を亡くしたのは五年前、まだ九歳の幼さでたった一人になってしまった当時は辛かっただろう。
リタにとって鼠は父親の仇、だからあんなにも過剰に反応していたのか…
俯き目を伏せるリタに過去の自分を重ね合わせる。
一人になる寂しさ辛さは私にも分かるから…
人を襲う魔物…
アリーシャさんの話しを聞く限り[影]とは違うようだけど…やはり確認する必要はあるか…
「さて、こんな騒ぎだ、夜にでも街の有力者を集めた会合が開かれるだろうね、私も出席しなきゃならないから一度北門へ行って状況を確認してくるよ。
その間、リタはサキと一緒に街を回って必要な物を揃えてきてくれるかい?」
少し落ち着きを取り戻したリタはアリーシャの言葉に頷く。
さて、どうしようか?
一人でも鼠を見に行くつもりだったけどアリーシャさんが行くのなら好都合かもしれない。
「お願いがあります、私も北門へ連れて行って下さい、一度鼠という魔物を見てみたいです。」
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