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第5話 北門
「鼠を見たいだって!?あんた何を言っているんだい!?」
「そうですよ!あの魔物は狙った獲物の匂いを覚えてどこまでも追ってくるって聞きましたよ!危険ですって!」
凄い剣幕で身を乗り出す二人の様子に食堂内の視線が一斉に集まる。
しかし、その責めるような視線は大声を出したアリーシャさんとリタへではなくほとんどが私に向けられていた。
『ちょっと見るだけなのに…そんなに非常識な事なのかな?』
皆の様子に内心肩をすくめつつ少し考える。
ここから北門までの距離がどの程度か分からないけど今のところ何の気配も感じない、
だとしても魔物というものを一度この目で確認した方がいいと、そう判断して聞いてみたのだけど…
「その魔物を知らないのでヘトキアへ向かう途中で遭遇したらすぐに分かるように姿を確認しておきたいんです。」
仕方なく…嘘をついた。
[影]を知らない二人に魔物を見たい理由をきちんと説明する事は難しい。
同行を断られたとしてもリタとの買い出しの途中で別行動を取って一人でも見に行くつもりだったので特に問題は無いのだが、
アリーシャさんと行く方が障害無く物事が運びそうな気がするので、できれば一緒に行きたい所ではある。
「この街の住民なら鼠と聞いただけで震え上がりドアに鍵をかけて閉じ籠もってしまうものだけどね…」
溜息をつきしばらく考え込むアリーシャ、
この様子では断られるものだと思っていたのだが…意外な答えが返された。
「そうだね…あんたの言うことも一理あるのかもしれないね…いいかいサキ、奴らの前で目立つ行動は絶対に取らない事。あと、自警団が駄目だと言ったら魔物は見られないからそのつもりでいなさいよ、それと…」
不承不承仕という様子ではあったものの幾つか釘を刺した後、同行を承諾してくれた。
北門へ出掛けるために身仕度をする。
着替えなきゃですよねーと椅子から立ち上がったリタが手際良く服などを用意してくれた。
渡された衣服は以前商会で働いていた従業員が置いていった物らしい、
今着ているのも借り物だけど、確かに、この部屋着では外へは行けないな。
元々私が身に付けていた服は汚れあちこち破れていたため捨てようかと思ったらしいが、勝手をしては悪いと洗って部屋に置いてくれてある。
きれいに畳んで棚の上に置いてあった服を両手で広げ確かめた、見覚えのある濃紺の服、確かに記憶にある私の服で間違い無い、間違い無いのだが…
『…穴だらけだ、服がこんなになるような戦い方はしていなかったはずだけど…?』
失われた記憶の中で一体何が起こったのか?残念ながら今の私には知る手段が無い…
身仕度を済ませ一階に降りると既にアリーシャがドアの前で待っていた。
「すみません遅くなりました。」
「私もいま支度の済んだ所だよ。それじゃ北門へ行こうか、リタは留守番を頼むよ。」
「分かりました、行ってらっしゃい。」
アリーシャは床に置いてあった大きめの麻袋を担ぐとドアを開け放ち足を踏み出した。
商会の外は一面石畳が敷かれた広めの道だった。
道の両脇に木と石で作られた建物が立ち並び振り返ると今出て来たステラ商会の建物も同じような造りになっていた。
ただ一つ違う点は二階の屋根に穴が開いている事…
…ごめんなさい
心の中で謝りつつ辺りを見回す。
ここから見える範囲だけではあるが、この街の建物は平屋か二階建てのものが多く高い建物はほとんど無いように見える。
『やっぱり日本ではなく海外の街なのかな…?』
私は子どもの頃に家族で行ったテーマパークを思い出していた。
そこは海外の街並みを模した作りになっていて目の前に広がる光景のように石畳の道の両側に西洋風の建物が建ち並び観光客の目を喜ばせていた。
それによく似ているようにも思えるが、道を往き来する人々は休日を楽しんでいる家族連れなどではなく実際にこの街で生活を営んでいる人々であって建物も客寄せのために作られた紛い物ではない。
鼠の事を話し合っているのか道端に二、三人で固まり眉を寄せている老婦人達、
重そうな荷物を背負い汗を拭う若者、
買い物の帰りなのか袋から野菜と見られる緑色の先端をのぞかせて足早に家路を急ぐ女の人の姿。
通りを歩きながら、やはりここは日本ではないのだと、その思いを強めていた。
「この道を真っ直ぐ行った所に北門があるよ、さっきも言った通り自警団に止められたら壁の外を見ることは出来ないからね、そのつもりでいなさいよ。」
アリーシャの言葉に頷きながらも周囲に目を配り人々の表情、交わされている会話、建物の間に伸びる細い路地などを観察していた。
それにしても、
さっきからすれ違う人達からちらちらと視線を感じる。
何か変な所があるかな?と、自分の体を確認するが特に目立った箇所は無い。
リタに用意してもらった服も通りを歩いている女達と同じような物でこの街では一般的な服装だと思う。
「ここらではサキみたいな顔立ちや髪の色は珍しいんだよ。」
私の様子に気付き耳打ちをするアリーシャ。
なるほど、通りを見渡すと確かにアジア系の人はいないように見える。
頭髪も黒色は全く見当たらずほとんどが茶系、次いで金色が多いようだ。
「もっと北へ行けばサキと同じような人種も多いけど、この辺りではまず見かけないね。」
『北…そこに日本がある…というわけではないのかな…?』
そんな事を話しているうちに通りの先に大きな門が見えてきた。
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