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東の稜線が薄明るくなるような時間帯に一人ぼやきながら土手を下りきる巨漢。見ていて気持ちのいいものじゃない光景を作りだしながら、天月天は背負っていたリュックを下ろして近くのベンチへ視線を向けて足を出す。
そのときだった。
バンッダダンッ! と。
遠近の狂った破裂音が、高架橋が作る色濃い影の中から聞こえてきた。
「は……?」
それはとても大きな音だった。なのに、直ぐ近くの高架橋下の影の中から聞こえてくるにしては、もっと遠くから聞こえてくるようにも感じられるという不思議な音だった。
天月天は眉を寄せ、音が聞こえてきた方向に眼を眇める。数秒立ち止まったままじっと見つめてから、普段なら疼かない好奇心に背中を押されて高架橋の影へと足を進めた。
(確かあそこには不法投棄の冷蔵庫とかがあったはず。ガス管でも破裂した、かな?)
スタスタと、何の警戒も無く、何の不安も無く、天月天は歩く。
日々を生きる一人の人間としての行動で、
高架橋が作る濃い影の中へと入って行き、
そして。
日常を踏み外した。
「……?」
戸惑いは一瞬。一見ではそれがなんなのか分からなかった。
だから天月天は三秒ほどゆっくりと観察してから、納得の声を上げた。
人間の。
「ああ、死体か」
そこには高架橋が作る影と、下顎が吹き飛んでいるせいでパッと見では性別さえ分からない気持ちの悪い女性の死体が、スーツ姿で転がっていた。
「でろでろだな、勿体ない」
残った上半分の顔の様子からは秘書系お姉さんの容貌が想像でき、天月天はこの状況にも拘らず『勿体ない』と純粋に思った。綺麗な花が踏み潰されているのを見た、程度の感覚で。
本来なら悲鳴を上げる様な状況だが、彼は僅か眉をひそめる程度の気持ち悪さ以外に恐怖らしい恐怖を感じておらず、落ち着いた様子で携帯端末をポケットから引っ張り出すと、あまりにも簡単に警察へ電話を掛け様とし――脇腹に硬い物を押し付けられた。
「動くな」
細い声が、天月天の胸より下から聞こえてくる。
影の中、左側から脇腹に押し付けられる硬いものを反射的に見れば、彼にも本当に僅かばかり、まつ毛を震わす程度の緊張が走った。
(……拳銃?)
銃の種類なんて一般人の彼には分からないが、銃というものの形くらい知っていて、目の前にある死体と符合させれば、それが冗談かどうかの察しはついた。
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