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翔には姉がいる。末長夕貴。五つ年上で、今秋結婚を控えていた。相手の名は、小林義隆。同町民だが、隣町で働いており、結婚後は夕貴も彼と共に隣町へと越す予定だった。
周りが苦笑するほど仲が良い二人で、小林が末長家で夕食を共にすると決まっている土曜日には、どこぞの物件が良かった。あの家は良いが家賃が高すぎる、やっぱり将来は庭付き一戸建てだよね、などと顔を綻ばせながら夕貴はいつも翔に話しかけてくる。
聞いている側はうんざりするが、話す側は飽きないのだろう。引っ越し後のプラン、派生して人生設計についての語りは、毎回延々と終わりが見えなかった。
二か月前の土曜日も、小林は末長家へやってきた。いつものように二人の愛について夜遅くまで語っていた。それを愛想よく聞いてやる親もどうかと翔は思っていたが、うんうんと笑顔で相槌を打つからか、話に終わりが見えない。
そろそろ帰ろうかという雰囲気になり、小林は立ち上がった。見送る、と夕貴も一緒に立ち上がる。どうせ玄関で別れのお熱い抱擁でもするんだろうと、翔は気を利かせてその場で挨拶をした。
二人は和気藹々と会話しながら家を出ていく。それは、いつもの光景だった。
その日常を切り裂いたのは、耳を劈くような、不快な車の走行音だった。
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