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「ご主人に会わせていただけますか?」
ここまでずっと沈黙を守っていたシンが、ようやく口を開いた。頷き、昌子が立ちあがる。
「お養母さん、私が」
「大丈夫よ。あなたはもう休んどきなさい。後は全部片付けておくから」
昌子は、半ば強制的に、陽子を遠ざけているように感じた。その彼女の後について、三人は離れへと向かう。
「陽子は二年前、突然この村へやって来たんだよ。雨が強い日でねえ。どうやらここへ来る前の記憶を全て落としてきたようじゃった」
昌子は目を細める。寒さが沁みるのか、拳で腰を叩いた。
「気立てのいい子だから、みんなに好かれとる。息子の和男の嫁になってくれたのも、私は嬉しかったよ。でも」
離れの扉を開ける。小さな部屋の中央で、和男が眠っていた。
「素性も何もわからん、不思議な子じゃ。口にはせんかったが、息子は、いつかまた陽子がこの村から消えてしまうんじゃないかと不安がってたようじゃった」
陽子を遠ざけたのは、この話を聞かせてくれるためだったのだと腑に落ちた。和男はおそらく、その不安から、ソロンに支配されたのだろう。
「確かに、和男さんは不安もあったでしょう。ですが、それだけではこんな状態にはならない」
シンは和男にかけられていた布団を捲り、上着を開いた。
翔は驚き、息を呑む。
和男の胸には、シンの胸に彫られているものとよく似た模様が浮かび上がっていた。ただ違うのは、その模様が六角の星で、血のようなもので描かれているという二点だった。試しに指で擦って消そうとしてみるが、消えない。
「昌子さん、安心してください。和男さんは明日には目を覚まします。すみませんが、少しだけ席を外していただけますか」
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