(〇一)

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(〇一)

 十一月一日、木曜日…  大阪府警生活安全課に勤務する綾部淳也(三〇歳)は、夕方六時半過ぎに勤務を終えると、谷町三丁目の交差点からタクシーで北区の堂山に向かった。  綾部は一七八の長身で、体格もガッシリしており、髪は短髪で、男らしく太い眉に切れ長だが優しい眼、優男と野性的な表情が同居した二枚目である。  性格は実直だが明るく、上司や同僚、部下たちとの人間関係にも問題ない生活を過ごしている。  堂山の交差点で降りた綾部は、飲み屋街を歩き、小さな雑居ビルの地下にある、隠れ家的な小さなショットバー〈ムーン・ローズ〉に入った。  店内に客はいなかった。  細身で口髭をしたリーゼントの渋いマスター森尾輝政(五二歳)は、綾部がいつも座る席がわかっているのか、店内の一番端にある脚の高い小さな丸テーブルの席に、コースターを置いた。  丸テーブル前にあるスツールに座った綾部は、ウイスキーのロックをダブルで注文すると、煙草を吹かした。 「今日は一人ですか?」  と、マスターはウイスキーの入ったグラスを綾部の前に置きながら訊いた。 「いや…」  綾部は短く答えた。  午後七時半近くになり、ハタチ少し過ぎたばかりの一人の青年が現れ、綾部の席に足を運ぶ。  この頃には、客もポツリポツリと来ていた。  その青年は綾部よりは小柄で、少しばかり華奢だが、それでも身長は一七〇はある。  薄い茶色に染めた髪は、少しウェーブがかかっており、少し丸みをおびた顔は中性的な、どこか守ってあげたくなる母性本能を感じさせる雰囲気がある。  青年の名は奈良崎 緑(二二歳)、ミナミでホストをしているが、今日はオフなのか、スーツではなく、ジーンズに青い長袖シャツに黒のジャケットを着ていた。 「待った?」  奈良崎はそう言って、綾部の隣に座ると、テーブルに置かれている彼の右手の甲に、そっと自分の左手を重ねた。 「いや…」  と、綾部は言いながら、自分の右手をさりげなく引き、 「ここでは、よせ」  そう奈良崎に静かに言った。 「今日は時間あるの?」  と、奈良崎が訊く。 「ああ…明日は非番やから、じっくり時間は取れる」 「そうなんや」  奈良崎が微笑む。 「出よう…メシや」  綾部は立ち上がり、奈良崎を伴って店を出るのだった。
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