(〇二)

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 綾部が府警本部を出たのは、午後七時前だった。  綾部はサングラスをかけて谷町筋に向かって歩きながらタクシーを捕まえると、奈良崎のマンションがある新町へ急いで走らせた。  綾部はタクシーをマンションから少し離れた場所で降りた。  普段は深夜にしか来ないので、マンションの前にタクシーを着けるのだが、今日は時間が早いので、用心したのである。  そして、周囲を気にしながらマンションに入ると、エレベーターは使わず、階段で奈良崎の部屋へ向かった。  綾部は部屋のドアの前に到着すると、インターフォンに手を伸ばすのだが、頭の中で警報が鳴り響き、その動きが止まる。  やがて綾部は、ハンカチを取り出し、指紋を付けないようインターフォンを鳴らした。  しかし、返事はない。  二、三度鳴らしたあと、ハンカチ越しにドアノブに手をやり、回してみるが開かない。  綾部は周囲に視線を走らせたあと、ドア横に貼られた〈奈良崎 緑〉と黒地に白抜きの文字で書かれたネームプレートを横にスライドさせ、その裏に貼り付けられた鍵を、指紋を付けず慎重に取り出した。  その鍵でドアをソッと開けた綾部は、素早く中に入り、後ろ手にドアを閉めると、念のために鍵をかけた。  わりと広いワンルームマンションの室内は、抑えた薄明かりが灯っていた。  足元を見ると、何足かの靴に紛れて黒のヒールがあった。  むろん、女物だ。  前を見ると、短い廊下を挟んで部屋がある。  その廊下の右側にユニットバスがあり、左側はクローゼットになっている。  ゆっくりと廊下から、ベッドとテレビ、座卓テーブル以外は何もない室内に入る。  ベッドを見ると、そこには赤い下着姿の女性が、俯せになっていた。  顔は反対方向を向いていたので見えないが、スタイルは良さそうである。  綾部は職業的勘からなのかはわからないが、何故か既に死んでいると感じていた。  綾部はベッドに近付き、女性の顔を覗き込む。  女性は三十代ぐらいで、薄い化粧をしており、鼻筋の通った美人である。  しかし、綾部には見覚えのない女性で、目は閉じており、首筋に指先を当てるが、やはり、絶命していた。  背中に手を当ててみる。  かなり冷たくなっていた。  床を見ると、その女性が着ていた服が散乱しており、白のショルダーバッグも落ちていた。  女性の服は一般のOLが着そうなスーツの上下と薄い水色のブラウスだった。
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