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綾部が府警本部を出たのは、午後七時前だった。
綾部はサングラスをかけて谷町筋に向かって歩きながらタクシーを捕まえると、奈良崎のマンションがある新町へ急いで走らせた。
綾部はタクシーをマンションから少し離れた場所で降りた。
普段は深夜にしか来ないので、マンションの前にタクシーを着けるのだが、今日は時間が早いので、用心したのである。
そして、周囲を気にしながらマンションに入ると、エレベーターは使わず、階段で奈良崎の部屋へ向かった。
綾部は部屋のドアの前に到着すると、インターフォンに手を伸ばすのだが、頭の中で警報が鳴り響き、その動きが止まる。
やがて綾部は、ハンカチを取り出し、指紋を付けないようインターフォンを鳴らした。
しかし、返事はない。
二、三度鳴らしたあと、ハンカチ越しにドアノブに手をやり、回してみるが開かない。
綾部は周囲に視線を走らせたあと、ドア横に貼られた〈奈良崎 緑〉と黒地に白抜きの文字で書かれたネームプレートを横にスライドさせ、その裏に貼り付けられた鍵を、指紋を付けず慎重に取り出した。
その鍵でドアをソッと開けた綾部は、素早く中に入り、後ろ手にドアを閉めると、念のために鍵をかけた。
わりと広いワンルームマンションの室内は、抑えた薄明かりが灯っていた。
足元を見ると、何足かの靴に紛れて黒のヒールがあった。
むろん、女物だ。
前を見ると、短い廊下を挟んで部屋がある。
その廊下の右側にユニットバスがあり、左側はクローゼットになっている。
ゆっくりと廊下から、ベッドとテレビ、座卓テーブル以外は何もない室内に入る。
ベッドを見ると、そこには赤い下着姿の女性が、俯せになっていた。
顔は反対方向を向いていたので見えないが、スタイルは良さそうである。
綾部は職業的勘からなのかはわからないが、何故か既に死んでいると感じていた。
綾部はベッドに近付き、女性の顔を覗き込む。
女性は三十代ぐらいで、薄い化粧をしており、鼻筋の通った美人である。
しかし、綾部には見覚えのない女性で、目は閉じており、首筋に指先を当てるが、やはり、絶命していた。
背中に手を当ててみる。
かなり冷たくなっていた。
床を見ると、その女性が着ていた服が散乱しており、白のショルダーバッグも落ちていた。
女性の服は一般のOLが着そうなスーツの上下と薄い水色のブラウスだった。
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