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全て読み終えた時、頬がヒンヤリ冷たくて、涙で濡れていることに気づいた。
幼き日の悲しい記憶が蘇る。次の瞬間、記憶がグニャリと歪んで、ガラガラと崩れ去った。そして、桜色に染まり始めた。もうこの記憶に囚われなくていいんだ、と分かった。僕はもっと人を信じられる。
まずは身近な人から。彼女の言葉を思い出した僕は、数日ぶりの陽の光を求めてベランダに出た。
「もしもし、洸?」
「弥生!久しぶり。」
洸はそれ以上何も言わなかった。
「僕はさ、新撰組が好き。」
「うん。」
「あと、和菓子が好き、餡子はつぶあん派。」
「うん。」
「メロンパンが好物の親友がいる。」
「…うん。」
「小春のことが好きだった。」
「うん…。」
洸はただ相槌を打つだけだった。きっと僕が何を言いたいのか分かっているから。
「あとは?」
「…人のオーラみたいなものが見える。」
「すごいじゃん。」
バカになんてされなかった。なんだ、最初からこうすればよかったのか。
「これから、サッカーでもする?身体なまってんだろ。」
「サッカーは勝ち目がないから、バトミントンがいい。」
「わかった。じゃあ30分後に公園な。」
洸は絶対遅れるだろうな、と思ったが急いで準備を始めた。早く行きたくて堪らなかった。
大体の支度を終えた後、涙の跡を冷水で洗い流した。玄関から出ると、眩しい太陽が目に痛かった。
「さよなら。桜色の30日間」
空を見上げてそっと呟いた。これからは、僕が新しい色に染め上げるから。
僕は子供のように無邪気に駆け出した。
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