綾女と蓮

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 ――綾女お姉さまは、わたしの憧れの人。  高等女学校に通うわたしと綾女お姉さまは、エスと呼ばれる関係です。  エスとは、Sisterの頭文字。  女学校のなか、お互いを信頼しあう上級生と下級生の間のみで結ばれた、特別な関係のことです。 「おはようございます、お姉さま!」 「おはようございます、蓮さん」  早朝の校舎、まだ人もまばらな裏庭の一角で、わたし達は密やかな話し合いを行います。  声をおさえ、誰にも――特に、先生方――聞かれぬよう、慎重に。 「昨日のラジオ放送、お聞きになれましたか」 「ええ。鉄道網の開発が進み、たくさんの労働者の方がこられているとか」  わたし達は、女学生らしからぬ会話に花を咲かせます。  お国のことや、選挙運動、工業のことや、お仕事のこと。  良妻賢母を目指す女学校の理念から言えば、不良少女ということになるのでしょう。 (あぁ、でも。なんて楽しいのかしら)  幼い頃、家の手伝いに駆けまわり、いろいろな方達と出会ったことを想いだします。  そのことを、これほど喜んで聞いてくださるのも、女学校ではお姉さまだけでしょう。  そして、お姉さまがご自宅でなされている事業の手伝いも、喜ばしく聞くのはわたしだけなのでしょう。  ――わたし達は、とあることから出会い、同志として惹かれあうこととなりました。  エスであることも、本当ではあるけれど、お互いの距離を隠すためのものでもあって。  こうして、女性の身では過ぎた願いを、将来の夢として語り合うために。 (わたしは、お姉さまと、お姉さまの願うような人になりたい)  朝露の反射する、静謐な時間。  わたしは、お姉さまと出会うきっかけとなったあの日を、今でも想い出します。  未だ、自分がこの場所に戸惑っていた、あの頃のことを。
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