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とある日のことであります。
淀んだ空気を背負いながら、一花は帰って参りました。
「なにか、ありましたか」
私は、いつか一花がして下さったように、暖かいコーヒーを淹れて一花を出迎えました。
「……第一志望のところの最終面接だったんですけど、変なこと言っちゃって、失敗してしまいました」
「それはそれは。でも、結果はまだ分からないんですよね」
「それは、そうなんですが」
「主観というものは、あてにならないものです。失敗したと思ったことも、相手から見たらそうは映らないこともあります」
「……福助さんは、どうしてずっとお独りなんですか」
言ってから、一花は忘れて下さいと言い添えましたが、私はお答えしました。
「不器用だったのかなあと思います」
「不器用?」
「今思い返すと、私に対する、そういうアプローチもあったように思うのですが、仕事のことで手いっぱいで、そういう浮ついたことに興ずる余裕がなかったのかなと」
「ふふ。うん、確かにそういう感じがします」
「私が言うのも、大変恐縮なのですが」
自分の人生を思い返しながら、私は思いを託すように言いました。
「一花さんには、広い視野を持って、人生を楽しむ余裕を持って欲しいです」
「うーん。説得力ないなあ」
「き、恐縮です」
私たちは微笑み合い、コーヒーを飲みます。
私たちのあいだに、そういう時間が積み重なってゆきました。
思うに、私たちは良く似ていました。
ダイナミックに感情が揺れ動くことはなく、穏やかなで着実な時間の共有こそが、私たちのあいだでの信頼や友好、そして愛情を育んでいくことに、なによりも適してしまっていたのです。
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