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大した切っ掛けがあったわけではありません。
ふとした拍子に手が触れあったとき、一花は私の手を握りしめたのです。
「……ダメですよ。これ以上は」
「なにか、いけない理由が?」
「今の今まで、言いそびれていましたが、私の年齢は――」
「広い視野を持って、人生を楽しむ余裕を持って欲しい」
これ、あなたの言葉ですよと一花はささやいて、私はもうすっかりやられたという風に装って、一花のことを受け入れてしまったのです。
これもまた一時のささやかな感情の波であろうかとも思ったのですが、私たちの気持ちが干からびてゆくなんてことはなく、むしろ時間の経過とともに、すくすくと実をならしてゆくようでした。
やがて、運命の瞬間は訪れるのです。
一花と私がお付き合いを始めて、二年が経過した頃でした。
「福助さん」
子どもができましたと、一花は報告してくれました。
私は、一花の手をとって、感動のあまりにその場で泣き崩れてしまいました。
けれど、それは決して手放しで喜べるようなものでもありませんでした。
婚前の娘を、それも年上の相方が、子を宿らせたのです。
諭吉殿の立場に立てば、裏切られたと、そう取られてもおかしくはありません。
「話せば分かってくれますよ」
一花は、まるで間違いないという風に言うのです。
「どうして、分かるんです」
だって、と一花は言いました。
「私のお父さんなんですから」
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