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シャワーを借りまして、さらりと出てきた男物のシャツに、今少しばかり白状すると、ガッカリした気持ちがあったのは否定できません。後に、この男物の服は、諭吉殿のものと知るわけですが。
どうぞ、と差し出されたホットコーヒーに、私の目には思いがけず、涙が浮かんでおりました。どうしたんですか、と優しく包まれるような声に、私は洗いざらいを白状いたしました。
「会社をクビになったんですか」
「はい。私にとって、仕事が唯一無二の生きがいでした。けれど、その仕事は奪われてしまいました。私には、何もない。私を支えてくれる人すらも」
「……独り身、なんですか」
その問いに、私は気恥ずかしくて、小さな頷きしか返すことができませんでした。
しん、と間が空いてしまいまして、私はその間を埋めるように、言うのです。
「どうして、私なんかに声をかけてくれたんです」
「それはなんとなく、というかその」
しばらくして、観念したかのように一花は言いました。
「……似ていたんです、父に」
「お父さんに?」
「……私の父は、お笑い芸人で」
一花は、ずずとコーヒーをすすります。
「泣かず飛ばずの、売れないお笑い芸人。アルバイトをして、男手ひとつで私をここまで育ててくれたんです」
「……それは、大変でしたね」
「本当に、大変で。母が亡くなってからしばらくは、さっきのあなたみたいにボケっと公園のベンチに座っていることがありましたから」
それで心配になっちゃって、と一花は少しだけ潤んだ瞳で私を見るのです。
私はぎょっとして、大丈夫だよと慌てて取り繕いました。
「死のうなんて、毛頭思っていません。安心して下さい」
「私、別に何も言ってません。死ぬつもりだったんですか」
「ああ、いいや、そういうわけでは」
なんて、あたふたしておりますと、不意にインターホンが鳴ったのです。
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