第三章

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軍の訓練で習った通り、タケシは無言で45度に頭を下げた。 それから、カツミを乗せたトタン板を引き摺って 譲ってもらった場所に横たわらせる。 「おお、あんたの仏さん、綺麗なお顔をしとるじゃないか」 拾い上げた灰色の棒切れを 大事そうに色褪せた鞄にしまいながら、男は力なく微笑んだ。 タケシが頷くと 「うちの子は、悶え苦しんだ顔じゃったんよ。じゃけぇ、一刻も早く楽にさせちゃろうと思っての」 …ふと 水を求めて自分に縋ってきた、先刻の女の顔をはっきりと思い出した。 「余程 ワシは、日頃の行いが悪いんじゃわ。親より先に子が、苦しみながら逝ってしもうた」 「…」 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」 男は、カツミに向かって静かに念仏を唱え始める。
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