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学生の頃、些細な嫉妬やすれ違いで喧嘩をしていた。あの時も必死だった。けれども、どれほどわたしたちは多くのものを持っていただろう?
唇を離して、「行くね」と言った。急がなければならなかった。
「行ってくるね」
もう一度繰り返すと、あなたが頷いたのがわかる。いつもそうだった。
「ねえ」
靴を履こうとしたとき、あなたがわたしに不意に声をかける。肩越しに振り返ると、あなたは
「唇直しなよ」
と言い、唇を少し誇示するように突きだしてみせる。それから悪戯っ子のように笑った。
その笑みにわたしはうまく笑い返せたのか、わからない。無性に泣きたくなったから。
男になりたい。
いっそ男になりたいと叫びだしそうだった。
あなたにすべてを与えられる、あなたにふさわしい存在になりたかった。
けれどもあなたといる時のわたしは女だった。
どうしようもないほど、あなたの女だった。
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