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あなたの女
アイラインを引き、マスカラをつける。思う。
今が一番の“着どき”だと。
今着るべきだと、いや着なければならないと思う。それは、きっと皆そうだった。
メイクを終える。振り返って、食卓がわりのローテーブルに肘をついているあなたに、わたしはぎゅっと抱きついた。
「何?」
朝は不機嫌なのは、どんな夜の後でも一緒だった。でもこんな日は少しでも抱きしめ返して欲しいと思った。
親に、何か悪いことを言う前の子どもは「出ていけ」という言葉を内心恐れている。わたしもそうだった。
「キスして」
「やだよ」
唇を、あなたの頬にほんの少しくっつけると、薄く赤がついた。まだメイク前の熱い肌。あなたは顔を背けてぬぐった。いつものことだった。それが今日はなにかとても傷ついてしまって、わたしは悲しい顔をしてしまう。わざとらしいのは嫌い。あなたは、少しばつが悪そうにもう二度三度、今度は丁寧にそこを撫でるとわたしを抱きしめた。強く抱きしめられると、胸がつまるように苦しかった。ひとつにまとめただけのつやのある黒髪から、少し辛味のあるハーブとシトラスの香りがした。頬をすりよせると、たまらない気持ちになった。
「メイクとれるよ」
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