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幾分目の覚めてきたらしいあなたが言う。声に気づかいの響きがそっとのっているのを感じながら、わたしは「うん」と頷いた。
「今日は遅い?」
「うん」
あなたは知っていた。わたしの同僚が産休に入ったのだ。だからその穴埋めに、こんな休日にもわたしは行くのだ。あなたは中途半端に確認する。さぐっても仕方なくてただこわくなるだけのことを。だからわたしは確かめたくなる。けれど踏み出そうとして戻して、それの繰り返しだった。
「行かなきゃ」
そう言って、わたしの体を離した。ついでのように、そっとわたしの目を覗き込む。
きっとつり上がったアーモンド型の目。その勝ち気な瞳に、わたしの顔が映り込む。見たくなくて目を閉じた。するとあなたは今度こそわたしの唇をふさぐ。そうしてキスをしながら、わたしは結局あなたの首に強く手を回し直す。
離したくない。
でも、彼女はきれいだった。
アイラインを淀みなく引くたび、マスカラを睫毛にのせるときに思うのだ。
「今がウェディングドレスの着どき」だと。
そしてそれは彼女もそうだった。
けれどそのたった一言が怖かった。言うことをためらうようになった。あなたとの距離をはかりかねて、わたしは混乱する。
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