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「やあ、アニタ、こんにちは」
そんなエマの気持ちに気付く事もなく、男が陽気な笑顔を娘に向けた。
「こんにちは」
「お母さんとお出かけかい?」
「テトラおばさんのおうちに、ジャムを分けてもらいに行くの。お母さん、パンを焼いたから。お母さんのパンは、すごくおいしいの」
「アニタのお母さんは、料理が得意なんだね。いつも美味しい料理が食べられるなんて、羨ましいよ」
男は肩を竦めてみせた。
「おじさんも、どこかにお出かけ?」
「ああ、ちょっと、友達のところにね」
そう答えた男に、エマが鋭い視線を向けた。
「あんた、少し用心しなよ。妙な噂がたってるよ」
「あー……。いや、別に構わないんだが」
「構えよ。殺されたいの?」
「いや、それは勘弁だな」
あはは、と場違いに笑う。エマはネコ科特有の短い鼻に皺を寄せ、苛立ちを顕にした。
「どうなっても知らないよ」
再び影が通りすぎた。何とはなしに見上げると、先ほどと同じと思われるスパルナ族が悠然と風に乗っていた。
「……あいつらに爆弾でも持たせて飛ばしゃ、こんな居住区なんか一瞬で消えるだろうなあ」
「物騒なこと言うんじゃないよ!」
「ああ、なんとも物騒だ」
だから、あんなヤツらなどいない方がいい──あんな、裏切り者など。
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