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いい季節になったと思う。何かを始めるにはうってつけの季節だ。
憲兵隊の姿がすっかり見えなくなった事を確認し、男は埃っぽい道をのんびりと歩きだした。
人ひとりがやっと通れる程の狭い路地を幾つか過ぎ、建ち並ぶカラフルなバラック小屋のうち、赤いペンキが塗られた何の変哲もない小屋へと入る。
薄暗い中、既に3人の男たちが集っていた。
「よう」
男は笑顔で片手を上げたが、それに応える者は誰もいない。みな一様に険しい表情を浮かべている。
入り口近くに持っていた鞄をどさりと降ろし、その傍らに胡座をかいて座ると、それを見計らったように、一番奥に座った男が口を開いた。
「遅かったな」
言いながら僅かに顔を上げると、男の頭に生えている緩く弧を描いた2本のツノが、その動きに合わせてゆらりと下がった。
「憲兵隊が来ちまった」
「集合時間はもっと前だったろう、イザーク」
「そうか、すまねえ」
来た時のように愛想を浮かべながら片手を上げたが、誰もにこりともしなかった。
砂色の髪の男、イザークは、和やかな交流を諦めたようにため息をついた。どうやらここにいる男たちは皆、過度に緊張しているようだ。
「ちゃんと上も警戒しただろうな?」
「上?」
「スパルナ族」
とぼけるイザークに、わざと一語一語ゆっくり発音して答える。ツノを持つ年長の男、アーロンの苛立ちは、ピリピリと周囲の空気を震わせた。
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