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「なあ、イザークよ」
改まったようにアーロンが低い声音を放った。
「俺たちは別に戦いなんか望んでいない。対話重視のおまえの方針には大賛成だ。だがな……いざというときの為に、もうひとつの切り札を手に入れる事も必要だと、俺は思う」
「切り札を、手に入れる……?」
イザークの目が鋭く光った。それに気付いたかどうか、アーロンがなおも語を継ぐ。
「スパルナ族の英雄を捕まえれば、あっちだって動揺するだろう。重要な戦力で、しかも英雄ともなれば、どうあっても取り返したい筈だ」
「人質を盾に脅すってのか」
確かにそれも有りだとは思う。だが、アーロンのスパルナ族に対する憎悪は、少々常軌を逸している。
「ああ、いい考えじゃないか」
カールの言葉に、イザークは小さく舌打ちした。
「英雄を捕まえたら、向こうの情報を引き出せるだろうし」
どうやって引き出すつもりだ──イザークは背筋が冷たくなるのを感じた。
「……ま、とにかく、俺は俺の任務に戻るよ」
イザークが腰を上げると、それに倣って男たちも立ち上がった。
「女神様を頼むぞ」
差し出された鞄を、アーロンが受け取った。
イザークが手のひらを下に向けて前に伸ばすと、その手の上にロジェが、カールが、そしてアーロンが、手を重ねた。
「すべてのラクサーシャに、自由を」
「自由を」
互いに絡ませた目には、揺るぎない決意が宿っていた。
もう後戻りはできない。
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