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今度はアデルが、ゆっくりと深呼吸する番だった。
落ち着け。
落ち着いて、よく考えろ。
「……その存在に、ニコラ、おまえが気付いたのか?」
頭のなかで警鐘が鳴る──自分が考えていたよりも、もっと近くに危険が潜んでいる。悠長にしている場合ではない。
ニコラは怯えた表情で、だがしっかりと頷いた。
「最初は、ヘルハウンドだと思った……」
シーツの上に視線をさまよわせ、語尾を震わせながらニコラが静かに語りはじめた。
「けど、そいつは、そいつの顔は、獅子だった、ヘルハウンドみたいな熊とか狼じゃなかった。それで……黒いスーツを着てた……」
話しながら、自分でも夢だったのではないかと思う。しかもそいつは──
「そいつ、喋ったんだ……」
探るようにちらりと上目遣いで皆を見たが、誰も、ターニャさえ、じっと黙りこくっている。
自分の話を真剣に聞いてくれていると思う反面、急に不安になった。
「おかしな事を言ってると自分でも思うよ、けど、あれは、夢でも思い込みでもない、俺本当に──」
「ああ、本当だろうな」
さらりと言い放ったアデルに、ターニャとニコラは驚いて目を向けた。普段から表情筋をほとんど使わない男であるが、ニコラを気遣っての発言でも、ましてやからかっている口調でもない事は、その鋭利な目元から伝わってくる。
「あなた、何か知ってるの……?」
「さっき見た」
愕然とする二人が見守るなか、アデルはベッドの端に腰を降ろした。
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