Chapter 5

27/36
前へ
/278ページ
次へ
今度はアデルが、ゆっくりと深呼吸する番だった。 落ち着け。 落ち着いて、よく考えろ。 「……その存在に、ニコラ、おまえが気付いたのか?」 頭のなかで警鐘が鳴る──自分が考えていたよりも、もっと近くに危険が潜んでいる。悠長にしている場合ではない。 ニコラは怯えた表情で、だがしっかりと頷いた。 「最初は、ヘルハウンドだと思った……」 シーツの上に視線をさまよわせ、語尾を震わせながらニコラが静かに語りはじめた。 「けど、そいつは、そいつの顔は、獅子だった、ヘルハウンドみたいな熊とか狼じゃなかった。それで……黒いスーツを着てた……」 話しながら、自分でも夢だったのではないかと思う。しかもそいつは── 「そいつ、喋ったんだ……」 探るようにちらりと上目遣いで皆を見たが、誰も、ターニャさえ、じっと黙りこくっている。 自分の話を真剣に聞いてくれていると思う反面、急に不安になった。 「おかしな事を言ってると自分でも思うよ、けど、あれは、夢でも思い込みでもない、俺本当に──」 「ああ、本当だろうな」 さらりと言い放ったアデルに、ターニャとニコラは驚いて目を向けた。普段から表情筋をほとんど使わない男であるが、ニコラを気遣っての発言でも、ましてやからかっている口調でもない事は、その鋭利な目元から伝わってくる。 「あなた、何か知ってるの……?」 「さっき見た」 愕然とする二人が見守るなか、アデルはベッドの端に腰を降ろした。
/278ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加